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もののけ姫 (1997)

PRINCESS MONONOKE

監督
宮崎駿
  • みたいムービー 186
  • みたログ 1.9万

4.26 / 評価:3,827件

ジブリ・ブランド

  • ざぶとん さん
  • 2017年11月15日 5時06分
  • 閲覧数 1674
  • 役立ち度 18
    • 総合評価
    • ★★★★★

本作は宮崎駿監督が制作に3年、構想を練るのに16年、制作費23億円、総作画枚数17万枚をかけた大作です。本作をきっかけに、その後ジブリでは約20億円という制作費と大規模な宣伝が敷かれるようになり、ジブリの転換期となった作品でもあります。

まず、映像が凄い。特に背景はジブリお得意の緑の表現が炸裂します。「ジブリの世界」と言われれば、トトロやラピュタと並んで(もしくはそれ以上に)本作の森を連想するでしょう。特に獅子神の森と小池のカットは印象的。手書きでしか表現できない味があります。他にも祟り神のウネウネやアシタカの弓矢のスピード感など、迫力もクオリティが高いです。

それよりも特筆すべきは、ストーリーの深さ。細かいことを語り出すときりがないので大まかに言いますとそれは、人間と、森の神や生き物たちとの対立にあります。そして、本作の主人公アシタカは対立の中間的な存在となります。
人間らが森を切り開くことに対して山犬の姫サンと、山の神、動物らは怒り、悲しみ、憎しみを抱いていました。彼女らは森を守り抜こうと様々な策で人間らの人間らを撃退しようとします。特にタタラ場を率いるエボシ御前を殺そうとしていますね。
一方人間側。エボシ御前は人間にとても慕われ敬われる人物で、ハンセン病となり差別的扱いを受けてきた者たちや売られた娘らを買い取り助けます。そしてそういう者たちにとって良い村となるように、森を切り開こうとします。
そしてアシタカは双方の意見、主張を聞き、悩む立場にあたります。どちらも「悪」とは呼び難い存在ですが、完全な善者とも呼び難い存在です。鑑賞者は主にアシタカの目線で物語が進みます。
こうして、アシタカが仲介者となり、いわゆるヒーロー的存在として物語が進むのかと思えば、そうではありません。アシタカも人間です。山犬の姫、サンに恋をします。彼女はかつて人間側が山の神への生贄として捧げ、それを不憫に思った山犬モロが育てた人間。しかしサンは山犬として生き、人間を憎んでいます。アシタカは、一方的にサンを人間として生きさせようとします。明らかにエゴです。このように、本作では誰一人として全く悪いところがないキャラクターが描かれていません。矛盾と偏見が溢れる物語です。平安時代を舞台ですが、現代社会と強く重なります。

エボシ御前とタタラ場の人間たちと、サンや山の神や生物たちとの対立、根本的な主張の食い違いが争いを激化させます。アシタカがサンを助ければ人間たちの憎しみが増すし、アシタカがエボシを助ければサンからすれば裏切られたことになるなど、アシタカの行動さえも同じくです。悪循環が繰り返され、憎しみが増し、争いは激化し、次々と尊い命や大切な場所、物を失っていきます。現代社会に通ずるこの内容を映画の世界で解決せずに、我々に問いかける形で物語は終了します。
要するに、物語が解決せずに終了するのです。観終わった後、「考えさせられるなあ」となるのか、「答えを用意しない中途半端で最悪な映画だ」となるのか、ただただ「面白かったなあ」で終わるのか、それ以外なのかは人それぞれでしょう。はっきりしていることは、本作は宮崎駿監督がかなりの情熱をかけて作った作品だということです。先ほど述べた制作費や制作期間等はもちろん、これまでのジブリのイメージを覆すグロテスクな表現、子供には難解な表現、圧倒的な映像表現、救いようのないストーリー展開などからそれが顕著に出ています。また、この作品でジブリが潰れてもいいという意気込みで作ったそうです。娯楽性の強い過去の宮崎アニメとは一変した本作で、あなたに伝わるメッセージは、果たして?

星5つ、歴史に残る作品です。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • パニック
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