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横溝正史シリーズ/不死蝶 (1978)

監督
森一生
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2.60 / 評価:5件

戦後の横溝作品における神秘的側面

  • dio***** さん
  • 2017年8月10日 17時45分
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    • 総合評価
    • ★★★★★

森一生監督は横溝正史シリーズIで「悪魔の手毬唄」を
横溝正史シリーズIIでこの「不死蝶」を監督しています。
いずれも安心して観ていられるレベルの高い作品です。

本作品の原作小説「不死蝶」は、ちょっと前に書かれた「女王蜂」にいろいろな意味で似ているように思われるのですが、「女王蜂」のヒロイン大道寺智子と比べて「不死蝶」のヒロイン鮎川マリはずっと能動的で魅力的な女性であるように思えます。
(小説全体の重量感では「女王蜂」のほうが上なのでしょうが...)

ただこの1978年版の「不死蝶」でヒロインの鮎川マリを演じた竹下景子はこの役をやるためにはちょっと童顔すぎるように思えます。
私の好みでは1988年版の「不死蝶」で矢部都を演じた佐倉しおりなら合うのではないかと思います。

こうしたヒロインの魅力という観点で考えると、長尾文子氏の漫画版の鮎川マリが最高だと思います。
(漫画なのでいくらでも美人に描けるというのはありますが...)
原作の「不死蝶」は横溝作品の中でも優れた作品と思いますが、長尾文子氏の漫画版「不死蝶」はある意味で原作を越えていると思いますので機会がありましたらぜひ御一読ください。

さて戦後の横溝正史の推理小説では最終的な真相では神秘的な現象をほとんど扱っていませんが、それでも「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とならないのは
ある意味で幽霊よりも恐ろしい人間の業や悲しみが真相になっていることと
実は戦後の作品でも物語の裏側ではすさまじい霊的エネルギーがうずまいているからではないでしょうか?

23年前、玉造朋子は矢部慎一郎と鍾乳洞の中で待ち合わせをして駆け落ちしようとしますが、それを止めようとした慎一郎の弟の健二の殺人の濡れ衣を着せられながら行方知れずになります。
そしてあとには
「あたしはいきます。でも、いつかかえってきます。
蝶が死んでも、翌年また、美しくよみがえってくるように」
という書き置きが残されます。
(これは原作での言葉です。ドラマでは少し変更されています)
警察の捜査は鍾乳洞の中の底なしの井戸への朋子の飛び降り自殺と結論付けますが実は朋子はブラジルに脱出しており、その後、娘のマリを産んだのでした。

結果として23年後に帰って来たのは真犯人を見つけて亡き母の無実を証明するために時々母に扮する娘のマリだったわけですが、
マリに朋子の霊が乗り移っていると考えれば、あるいはマリは朋子の分身であると考えれば、朋子が帰って来たとも言えるのです。
本作品のラストシーンでひらひらと飛ぶ蝶がそれを象徴しているように思えます。

キリスト教では蝶は復活の象徴であり、ギリシア神話では蝶は魂や不死の象徴ですしね。

それにしても最後に慎一郎がマリを自分の娘と知って、最愛の朋子と同じ顔のマリを初めて抱きしめるシーンは実にいいシーンですね。
これは原作ではマリの回想の言葉としてあっさり描かれるだけですが、本作品ではきちんと映像化しています。
(ちなみに1988年版では原作と同様にマリの回想のセリフで語られるだけです。1978年版の監督と脚本家の映像作品というものを知り尽くした素晴らしいアレンジですね)

慎一郎の腕の中のマリは復活した若き日の朋子でもあったのだと思います。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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