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暗戦 デッドエンド (1999)

暗戦/RUNNING OUT OF TIME

監督
ジョニー・トー
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3.81 / 評価:37件

映画に与えられた「余白」

  • lamlam_pachanga さん
  • 2010年8月27日 23時34分
  • 役立ち度 9
    • 総合評価
    • ★★★★★

ジョニー・トーは、多分、映像の力を信じている。台詞に頼らずに物語を伝えていくその姿勢は最近の映画からも存分に感じ取ることは出来るが、その特徴はむしろ、彼が方向性の模索を始めた90年代後半~00年代初期の映画(『ヒーロー・ネバー・ダイ』~『PTU』)に色濃く表れている。

この『暗戦 デッドエンド』はまさにその中の一本で、特にジョニー・トーのファンには、高い評価を得ている。

ジョニー・トーは香港映画界には数少ない、自身の映像哲学を確立している監督です。

所謂作家性と言うものですが、それが極めて強い映画を撮り続けています。

その特徴のひとつとして私が感じているのが、映画に与えられている「余白」。

(極論ですが)例えばハリウッドの娯楽大作には観客が想像する余地はほとんどありません。物語のほとんど全てを映像と台詞で再現してしまう、とても解り易い作りです(批判ではなく)。一方、ヨーロッパの映画と言うのは、そこまで物語を説明はしない。北野武の映画にはその顕著な影響が見られますが、所謂削ぎ落としの演出で、観客が映画と正対することを強いる。

これは良い悪いの問題ではなく、作り手の方法論の違いです。

ジョニー・トーはその中間。

どちらの両極に近づくこともせず、どちらかを切り捨てることもしない(重視する対象が台詞か映像かの違いはありますが、タランティーノもそのひとり)。

結果として生まれる、映画の「余白」。

この「余白」と言うものをどう捉えるかが、この映画(と言うよりジョニー・トーの映画)を楽しむポイントでしょう。

『暗戦 デッドエンド』は、物語自体は何のことはない犯罪映画です。余命宣告された末期癌患者の男(アンディ・ラウ)が、ある目的のために、香港の敏腕刑事(ラウ・チンワン)を相手に完全犯罪を仕掛ける、と言うもの。

「これはゲームだ。72時間以内に俺を逮捕しろ」

ジョニー・トーは、この後展開される犯罪劇と、ふたりの男が育む友情劇を、いつも通りに遊び心満載の、どこか子供染みたロマンたっぷりに描き出します。

例えば、本筋とはあまり関係のない「バスの中限定の彼女(ヨーヨー・モン)」の存在や、何度か描かれる「車の中でのふたりの会話」等は、この映画を楽しむべく、ジョニー・トーが我々観客へ残してくれた「余白」。

「余白」とは、つまり、観客が物語の隙間を想像で自由に埋めることの出来る余地のことです。

ジョニー・トーは、全てを描かず、全てを省かず。

勿論、物語に必要なことは全て映画にありますが、それ以外の「余白」は観客のもの。

これこそが、私がジョニー・トーの映画に感じる独特の味の正体であり、又、これこそは、私がジョニー・トーの映画が好きな理由(わけ)のひとつなのです。

『暗戦 デッドエンド』の面白さは、映画本編(物語)の魅力そのものよりも、ジョニー・トーの演出を味わうところが大きい。勿論、主役ふたり(アンディ・ラウとラウ・チンワン)の演技を楽しむと言うのもアリでしょうが(アンディ・ラウは本作で初の演技賞受賞)、どちらにせよ、ジョニー・トーのケレン味たっぷりの演出こそがこの映画の主役。

つまり、本作は万人受けする映画ではない、と言うこと。

ジョニー・トーの映画は概してそうなのですが、好きな人にはたまらなく好きと言わせ、駄目な人には糞としか映らない映画。

前者である私には歯痒いのですが、本作も、不特定多数の他人(ひと)へ薦めるべき映画ではないのでしょう。

ただしかし、それでも見逃すには勿体無い映画、だとも思います。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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