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日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声

stanleyk2001

4.0

こんな戦争なんか誰が始めたんだ

「日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声」1950(昭和25年) 「君は学校はどこだ?」 「俺は早稲田だ」 「俺は慶應だよ。野球場のスタンドで、もしかしたら会ってるな」 「何しろアルコールが全然ないんで患部にウジが湧いている始末です。ガーゼはバナナの葉を晒した繊維ですし包帯はトウモロコシの葉で、それももうないんです」 柴山少佐「今呼ばれた7名は現在地にとどまって最後まで戦い抜いてもらいたい。お前達を置いていくのは誠に忍び難いが師団命令とあってみれば如何とも仕方がない。どうか潔く命令に服従してもらいたい」 木村見習士官「自分は出征してから元より生還は期しておりませんでした。たとえこの場に倒れても魂魄止まって戦場を駆け巡ります。どうぞご安心ください」 柴山少佐「うむ。それでこそ昭和の青年学徒じゃ」 下士官「今から7名のものに手榴弾を支給する」 「行っちゃうのか?」 「うん、行けるだけ行ってみるよ。お袋が俺を呼んでる様な気がするんだ」 「俺はダメだ。色々世話になったな」 「何を言ってるんだ」 「行ってくれ」 「さよなら」 米兵「親愛ナル日本ノ兵隊ノミナサン。アナタガタハナンノタメニニ戦争ヲシテイルノデスカ?御国ノ為ダ、天皇陛下ノ為ダト指導者ヤ政治家ヤアナタガタノ上官ハ言ウデショウ。アナタガタノ上官ハ安全ナ場所ニイテアナタガタニ苦シイ戦争ヲサセテイルノデス」 岸野中尉「大隊長殿、このままでは全滅です。腹を決めてください。こんな状況では部隊を連れて退却する事は困難です。頑丈な兵隊を2、3名連れて我々だけは先にいきましょう。部隊は全滅ということにして兵站司令部に報告すれば良いでしょう」 「大隊長が逃げたぞー」 「ちきしょう。誰がこんな戦争なんか始めたんだ」 東映名誉会長・岡田茂さん(当時24歳)の実質的な製作第一作。そして日本初の「反戦映画」。東大から学徒出陣した岡田茂さんは東横映画に入社。死んでいった同窓生の為に映画化に力を尽くした。スターも出ていないし時代劇でもないしと社内では反対もあったが反対派を説得して完成に漕ぎ着けた。 当時東大の学生だった氏家齊一郎(後の日本テレビ社長)や渡邉恒雄(後の讀賣新聞主筆)から「天皇制批判が足りない」という猛抗議を受けたが撮影現場に参加させて協力させたなんて凄いエピソードもある。 「この作品にはスターなんかいらない。芝居が上手い奴が必要なんだ」岡田茂さんの熱意に意気を感じた杉村春子さんも参加。優しい母親役を演じている。 左脚がない千葉上等兵を演じた恩庄正一さんは本物の傷痍軍人。両手義手の元兵士が出演した「我らが人生の最良の年」を思い出す。 公開翌年、東横映画は東映になる。東映の原点とも言える作品。未来や希望を叶えられず死んでいった学生達の無念がこめられた力作だ。71年経った今でも凄惨な希望のかけらもない戦場描写には胸を打たれる。

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