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てんやわんや

pip********

3.0

「タマゴの親じゃ、ぴーよこちゃんじゃ。」

獅子文六が疎開先として四国に滞在した体験をもとに書いた小説を、松竹の鬼才渋谷実が映画化したものです。当時の世相の戯画化とか東京と地方のギャップを描いたとか言われていますが、21世紀を生きる私の目にはアヴァンギャルドなコメディにしか見えません。そういう意味では木下恵介の「カルメン純情す」に近いのですが、木下のエスプリに対しこちらは渋谷実のアクの強さがむき出しで、実に奇天烈な映画となっています。 いきなり「ゴジラ」第一作で使われた神楽をアップテンポにした音楽が流れてびっくりします。伊福部先生にはよくある事です。東京のとある会社では社員がストライキ中。そこに長期休暇をしていた社員佐野周二がやってきます。スト中の社員たちは社長に世話になっていた佐野をスパイ呼ばわりし社長はどこだと迫ります。じゃあ秘書に聞いてみようという事になり、屋上に行くと社長秘書(淡島千景、これが映画デビュー作)がセパレートの水着で日光浴をしています。この水着姿が当時ショッキングだったのかそれとも現在のフライデー袋とじヘアヌード程度のありふれたものだったのかはわかりませんが、私には「青い山脈」で見た杉葉子の乳首スケ水着の方がよほど衝撃的でした。 社長(志村喬)は佐野にある書類を渡し、これは秘密書類だから大事に保管し、これを持って四国のどこぞに行けという指令を出します。かくして佐野は四国に向い、そこでおかしな人物やおかしな出来事に巻き込まれてゆくというのがだいたいのストーリーです。 松竹の脚本家だった猪俣勝人氏は著作「日本映画名作全史・戦後編」の中で「吉村公三郎や渋谷実の毒舌と饒舌は、うんざりするような臭気と知ったかぶりがあって閉口させられるのだが、それがまたある種の力感があった事も否めない。」と書いています。実にもっともな話ですが、この映画や「自由学校」(同じく獅子文六原作を渋谷実と吉村公三郎がそれぞれ同時期に共作した)などを観ていると渋谷の饒舌さやギラギラした毒気が抑えきれずに暴発している感じがよく出ています。そこが渋谷実という映画作家の魅力でもあったのでしょう。 この映画では淡島千景がよく語られますが、私には何と言っても山の娘を演じた後年の黛敏郎夫人・桂木洋子のどこか幸の薄そうな、ちょっと浮世離れした美しさが魅力的でした。しかし見た目は清純そうに見える彼女も実はこの地方の奇妙な風習の一環だったりします。 地方の実力者三島雅夫の胡散臭さがバツグンです。この人は見た目善人なのにどういうわけか伊藤大輔の「大江戸五人男」山本薩夫の「暴力の街」「真空地帯」で見せた悪役の印象が強烈です。老いてからは小林正樹の「切腹」「上意討ち」で好々爺然としながら実は冷酷な心の持ち主を演じています。 そしてこの手の映画に欠かせない名バイブレイヤー、三井弘次。軽妙な動きと声が独特で、後年は黒澤の「赤ひげ」などでもいいところを見せていました。 それにしても、漫才師の「てんや・わんや」の名前がこの映画から取られたとは知らなかった。「ぴ、ぴ、ぴーよこちゃんんじゃ、あひるじゃガーガー」って何だったのだろう。

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