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雪夫人絵図

Kurosawapapa

3.0

悲劇のヒロインと重なる溝口監督の姉の存在

本作の主人公、雪夫人(木暮美千代)は、華族の娘。 養子、直之(柳永二郎)を迎えて結婚したのですが、直之は放蕩無頼の道楽者。 直之は雪夫人を愛しながらも、京都のキャバレーの女に溺れ、いたずらに財産を蕩尽しています。 雪夫人が、これほどまでに侮辱されながらも、夫に対し毅然とした態度をとれないのは、 普段は上品なように見えても、夫に抱かれると官能だけの女になってしまい、暴虐な肉欲の嵐に征服されてしまうから。 雪夫人はそんな悩みを、幼い頃より心の支えとしている小説家の菊中(上原謙)に相談。 心は菊中を、体は夫を求める雪夫人。 そして、菊中もまた雪夫人のことを愛しているのですが、雪夫人を奪い取るだけの強さは無く、彼女の性的な悩みに、全く応じようとしないのです。 夫の直之は放蕩三昧で、あまりに傲慢。 菊中(上原謙)は、雪夫人のことを愛し、雪夫人も自分を奪ってほしいという態度を見せているのに、指一本出そうとしないのは、まるで性的不能と思わせるほど、頼りない二枚目ぶり。 この辺のニヒルで弱々しい演技は、上原謙ならでは。 雪夫人と2人の男性との関係は、 魔物が住みついた肉体を通しての繋がりか、 一方では、今にも切れそうな赤い糸でしかありません。 本作では、これまで溝口監督が描いてきた女性の力強さは、影をひそめています。 どうしようもない男ばかりに翻弄され、自らの弱さゆえ、苦しまなければならない女性。 溝口監督は原作を通し、 そんな雪夫人に自分の姉、寿々を投影したのでは、という説があります == 溝口作品を紐解くキーワードその9 「溝口監督の姉 寿々」 == 溝口監督の姉、寿々は10歳で日本橋の芸者三河屋に奉公し、やがて半玉に出るとすぐ、客である華族、松平忠正の愛人となります。 松平家は元信州上田の藩主で子爵。 松平氏は財産家で、寿々を深く愛したのですが、自分では何ひとつ決断できない生活能力に乏しい人物だったそう。 17歳で家を与えられた寿々は、弟である溝口健二を含めた家族全員の生活を背負います。 溝口監督は20歳を過ぎても定職につかず、姉には相当心配をかけたとのこと。 敗戦後、華族制度が無くなったため、寿々は松平忠正と正式に結婚。 しかし、貴族制度の廃止と、それにともなう税金の取り立て、事業の失敗で没落、 そのうえ周囲の人々に、財産を騙し取られてしまいます。 溝口映画に登場する女性には、たびたび姉、寿々の人生が重なるところがあるのです。 ========== 本作の雪夫人も、最後には財産を奪われ、悲劇の一途をたどります。 溝口監督は、幸せな人生を送ることができなかった姉に対し、何の支えにもなれなかった無力な弟(溝口監督)としての哀しみを、描きたかったのかもしれません。 また、本作は愛憎と肉欲にまみれたロマンポルノのようでもありますが、 露骨な濡れ場は無く、むしろ間接的にその生々しさを映し出します。 男女の絡みを見てしまった女中の驚く姿や、夫に抜き取られた帯留めに付いている能面など、 耽美な世界として描くのは、やはり溝口流。 そして、負の人間関係を緩衝するような、 芦ノ湖(箱根)の外輪山を映し出した風景、湖面や野原を覆う霧など、幻想的な美しさがそこにあります。 ただ自分としては、 あまりに醜悪な夫、心では純情な男を慕いながら肉体は粗暴な夫を求める妻など、 やや異常な部分が突出した感があります。 やはり溝口映画には、苦難を乗り越えようとする崇高な女性像を期待したいところ。 スランプ作と言われた原因が、そんなところにあったのかもしれません。 (MIZOGUCHI:No9/20 )

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