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座頭市の歌が聞える (1966)

監督
田中徳三
  • みたいムービー 2
  • みたログ 50

4.13 / 評価:16件

映画は、教えてくれる。

  • tengu3711 さん
  • 2010年7月27日 15時41分
  • 閲覧数 548
  • 役立ち度 30
    • 総合評価
    • ★★★★★

どーも、ガリガリ君リッチの「チョコ味」がワイシャツに垂れてしまい

品川をブルーな気分で回ってる、汗かきオヤジです。


アキバの無差別通り魔犯人、殺人の動機を「荒らし」のセイにしてるね。


甘ったれるな!


20を越えた男が、たとえ、ネットで嫌がらせや妨害を受けたとしても、

そのホコサキを、全く関係の無いアキバに楽しみに出かけて来た人達に向けるのは、

ただの「甘え」です。

たかだか、ネットでの「誹謗中傷」くらい、男だったら気にすんな!

ましてや、そいつらのセイにして「人を殺して」、何の言い訳が成り立つのだ?


犯人の男は、自分を「不細工」と散々、卑下してたみたいだけど、

そんな「不細工」ではないと思う。

あの顔で「不細工」だったら、岩尾やホンコン、カッチカチの奴らはドーナルノ?



ただ、唯一、犯人の「書き込み」からワカルのは、

「自分自身」を愛そうとは、しなかった事だ。


「自分自身」を愛する事ができないうちは、人からも愛されない。


「自分」を愛すればこそ、他人の人生も尊重できるし、「命の価値」も解るのだ。



「座頭市」は、生まれついての「盲目」では無かった。

レイ・チャールズと一緒。

途中から、目が不自由になるのである。


「おまえさんは、バケモンだ。」


旅の途中に出会った琵琶法師に、そう言われた市は、自分の存在に疑問を抱く。


「おまえさんの居合いの凄さを見た、あの子は、剣に囚われ、人生踏み外すかも知れん」


子供の目の前で、村を牛耳る権造一家に、「仕込み」を抜いてしまった市。

「暴力」に頼ってしまった自分を後悔し、せめて子供の目の前では、抜くまいと決意する


先だって、「目が見えなくなった」俺としては、

市が、どれだけ強い精神力を持った男であるかが、理解できる。

「居合いの達人」なれど、そんなものに依存するヤクザな自分を恥じてもいる。

そこが、この「座頭市」の人間臭い、「味」なのである。


子供の為に、敢えて市は、仕込みを抜かず、権造一家から「半殺し」の目にあう。

権造役の佐藤慶が、これまたガチで憎ったらしい!

市の耳を狂わせる為の、ラストの「暴れ太鼓」の決闘シーン。

そして、ただ「私情」の為だけに動く「外道侍」天知茂先生とのサシの勝負。

勝新が、創り上げた「座頭市」の魅力、満載の映画でした。


目が見えなくたって、人の為になる事はできる!!


この映画からは、そうした強いメッセージを受ける事ができます。


自分の不幸を嘆き、他人の幸せを妬む様な人間に、人を愛することはできません。

五体満足で生まれた事を感謝し、他人のせいにせず、自分自身を直視すること。

これこそが、「自分を愛せる」様になる第一歩です。


心が苦しい時には、昔から愛されている映画を観ましょう。

そこには、必ず「生きる知恵」が、詰まってますよ・・・

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