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暗殺のオペラ
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暗殺のオペラ

STRATEGIA DEL RAGNO/THE SPIDER'S STRATAGEM

99

hir********

5.0

ネタバレ町に住む当時を知る老人たちは、皆共犯だ!

※映画『暗殺のオペラ』Strategia del ragno(1970、イタリア)ベルナルド・ベルトルッチ監督 ※原作はホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説「裏切り者と英雄のテーマ」(『伝奇集』所収)。 1969年という製作当時の「政治の季節」に合わせ、舞台をイタリアにして映画化された。日本では1979年8月劇場公開。 (1) ムッソリーニによるファシズム政権下の1936年、ひとりの反ファシストの闘士アトス・マニャーニが、北イタリアの小さな町の劇場でオペラを観劇中、何者かに暗殺された。凶弾に倒れたアトスは以後、町の伝説的英雄となった。 (2) 彼の名と面影をそっくり受け継いだ息子のアトスが、事件から30数年後、父の愛人だったドライファから招かれ町を訪れる。彼は、多くの謎に包まれた父親の死の真相の解明に乗り出す。英雄の死の真相は以外なものだった。 (3) 父アトスは約30年前その街で反ファシストとして戦っていた。そしてついに、その町を訪問予定だったムッソリーニの暗殺計画を、アトスとその3人の同志が立てた。ところが誰かがその計画を密告しムッソリーニ訪問が中止された。そして父アトスがそのオペラ劇場で暗殺された。 (4) 反ファシストの闘志、父アトスの暗殺の犯人は、なんと彼の3人の同志だった。しかも父アトス自身が、自分の暗殺を計画したのだった。 (5) 父アトスが自らの暗殺を3人の同志に依頼した理由の解釈は2つ可能だ。 (5)-2 《その1》父アトスは、ファシズムへ抗う姿勢を町の人々に刻みつけるため、英雄の自分がファシストに殺される「劇」をつくった。父アトスは、一方でムッソリーニ暗殺計画を当局に密告し、他方で地元のファシストが怒って自分を殺したと町の住民に思わせるため、同志たちに自らを殺害させた。彼は反ファシスム思想を人々に浸透させるため、自らの命を犠牲にした。暗殺後、父アトスが反ファシストの英雄として称えられるよう、彼が自分の暗殺の「劇」をつくった。(この場合、父アトスの立場は、反ファシストで一貫する。) (5)-3  《その2》もう一つの解釈も可能だ。父アトスが友人らを裏切ってムッソリーニ暗殺計画を通報した。それが同志たち3人にわかり、彼は裏切り者として殺されそうになった。そこで父アトスは、裏切り者として殺されるくらいなら、騙していた同志たち3人に頼み、芝居を打ちファシストに殺されたことにした。かくて父アトスは反ファシストの英雄となった。(アトスは、ムッソリーニを暗殺から守るため、地元のファシストをも、もちろん3人の反ファシストの同志をも騙す。「ファシストのスパイ」だ。彼は密告が同志たちにばれた時点で「反ファシストの英雄として死にたい」と言うが、これは政治的理由でなく、個人的虚栄心だ。どうせ同志たちに殺されるなら、「せめて反ファシストの英雄にしてくれ」と頼んだのだ。) (6) 評者は、《その2》父アトスは「ファシストのスパイ」だったと考える。なぜなら町で当時のことを知る老人たちは、皆、この事実を知る共犯としてふるまっているからだ。彼らは、子アトスが真相を知ろうとすることに対し敵対的だ。彼らは、「反ファシストの英雄アトスが、実はファシストのスパイであった」と明らかにされては、戦後、すでに反ファシストの時代になっている今、まずいからだ。 (6)-2 最後、駅で主人公(子アトス)がいつまで待っても、帰りの電車が来ない。真実を知ってしまった子アトスは、果たしてこの町から安全に出られるのだろうか?ここで映画が終わる。

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