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ことの終わり (1999)

THE END OF THE AFFAIR

監督
ニール・ジョーダン
  • みたいムービー 53
  • みたログ 463

3.30 / 評価:104件

浅そうで実は深すぎて理解不能

  • walkerscrisps1996 さん
  • 2008年10月6日 16時43分
  • 閲覧数 563
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

自分だって間男のクセに
もう一人の「愛人」に嫉妬して
「誰だゴラァ」と突き止めてみたら…という話。
身勝手なストーカー主人公に比べたら夫は善人だし
渦中の夫人は早くホントのこと言うべきだったのに~!

と、ここまでは不快感と違和感が残った映画のみの感想。

実はグレアム・グリーンの原作によるこの映画の面白さの分岐点は
「姦淫」と「神に立てた誓いを破ること」の罪の重さは実は同じだ、と言われて理解できるかどうかだ。
よく知られているように「姦淫するなかれ」つまり不倫はカトリシズムでは十戒の六番目。
ところがサラがモーリスの蘇生を願って
「神様、彼を助けて!彼を生き返らせてくれたら二度と密会しないから!」と唱えてしまったため、
もしそれを反故にするとサラは
「神の名をみだりに唱えるなかれ」という十戒の二番目をも破ることになるのだ。

信仰を通すというのは実はとても困難かつ厳粛なことで、
「なんちゃってキリスト教」しか周辺に存在しない私たちには
「神様助けて」なんて困ったときの常套句なのだから
この言葉を口に出すことの重みなんて理解できない。
私たちにとって神様は、なんとか大明神みたいな現世利益の神であり、
キリスト教のGodとはぜんぜん違うというのは周知のことだ。
もちろん現代欧米人にだってテキトーなクリスチャンは多いが、
サラの信仰はテキトーではなく、真剣なものだったため、
だからこそ二つの奇跡が起きた、サラは罰を受けた、サラは神の御業を信じてのめり込んだ、神には抗えない、というわけで、
こんなふうに神=絶対的恩寵と信じ込む信仰をジャンセニズムというのだそうだ。異端とされてるけど。

まあ、馬鹿馬鹿しい嫉妬や邪推に満ちたモーリスの視点と、
日記で真実を語るサラの視点とが
個々の出来事を合わせ鏡のように映し出し、
凝った作りになってはいるけれども日本人向きではない。
各賞の受賞対象となった脚本やレトロなファッションの再現、あとは二人のヌードに星をあげます。

詳細評価

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