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アンデルセン物語 (1952)

HANS CHRISTIAN ANDERSEN

監督
チャールズ・ヴィダー
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4.50 / 評価:5件

“チョークと鉛筆” の物語が一番面白い。

  • 百兵映 さん
  • 2018年2月26日 15時05分
  • 閲覧数 191
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

 デンマークの有名な童話作家・アンデルセンの物語。ただし、冒頭の字幕で断ってあるように、「これは自伝ではなく、妖精に語り継がれた物語」。つまりこの映画作品自体が、メルヘンチックなファンタジーであるということ。時にはこういうのもいい。

 と言いながら、ミュージカル風だったり、バレー劇だったりすると(長時間の劇中劇“人形姫”など)、ついて行けない。そもそも、妖精というのが苦手なのだ。

 でも、面白い場面はあった。最初の10分間。靴屋のアンデルセンが凧を上げている。アンデルセンが自作の物語を披露する合図。子どもたちは学校を素通りして凧の下に集まる。子どもを奪われた校長schoolmasterは、村長burgomaster、学校委員councilを伴って子どもたちを奪い取りに来る。そこでの問答:
アンデルセン「この世界は靴や教室だけでできている訳ではない。
一本のチョークや黒板にも物語がある。
チョークは黒板に知られるべき物事を一方的に書いていく。
黒板は怒った。自分の顔に書かなくとも伝える方法はあると。
ある日偶然に・・・校長がチョークを窓から投げた。
チョークは憧れていた鉛筆の隣に落ちた。
チョークにとって鉛筆は特別な存在だった。
何が起きたと思います?」
校長「くだらん!」

 そうだろう。子どもは学校で、黒板に一方的に書かれる物事を鉛筆でノートに写し取らないといけないのだ。それが勉強というものなのだ。校長がチョークを窓の外に投げるなどとはとんでもないこと。何が起きるかって、考えることはない、くだらんことなのだ。

 そうだろう。医学部でも、理学部でも、はたまた文学部でも、教育学部でも、一流になりたかったら、マリーゴールドの尺取虫や裸の王様などにうつつを抜かさず、ひたすら黒板に書かれる(試験の予想問題などの)物事に集中しなければならないのだ。

 チョークが憧れていた鉛筆の隣に落ちて何が起きたか。それは愉快なことであろうが、どこの校長もチョークを投げることはしない。「くだらん」と思っているから。だから、何も起こらない。その結果、今の(特に日本などの)国々に見られるように、実に「くだらん」学校になってしまった。校長schoolmasterも、村長burgomasterも、学校委員councilも、実はこの連中が一番「くだらん」のだ。いや、私が言うのではない。妖精に語り継がれている話だ。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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