ニュールンベルグ裁判

JUDGMENT AT NUREMBERG/JUDGEMENT AT NUREMBERG

194
ニュールンベルグ裁判
4.2

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(28件)


  • aki********

    5.0

    文句なしの★5つ!法廷劇の傑作中の傑作。

    昔から映画小僧で中学生の時から遠方の地方都市の名画座まで、数百円で二本立ての名だたる洋画を見ていた。当時は、入れ替えなど野暮なことはなく、集中力と気力の続く限り、半日は暗い館内で過ごせた。 昔は書籍しか昔の映画に接する機会はなく、畢竟、書かれている文字からその映画を「想像」するしかなかった。 いまは還暦に近く、本作を見る機会は山ほどあったはずなのに、なぜか後回しになってしまい、ようやく見ることができた。 ほぼ3時間の長尺。 だが、このスリリングでよく練られた脚本、映画は、一瞬の中弛み感もなく一気に惹き込まれた。たいした映画だとつくづく思う。 このスタンリー・クレイマーという監督、アカデミー賞には無縁だったと記憶しているが、寡作ながら傑作を輩出している。 記憶にあるだけでも、 ・セールスマンの死 ・真昼の決闘 ・乱暴者 ・ケイン号の叛乱 ・手錠のまゝの脱獄 ・渚にて ・ニュールンベルグ裁判(本作) ・愚か者の船 ・招かれざる客 ・夜の大捜査線 etc つくづく思うが、ここ数十年、映画の主軸が「映像(CG)」>「脚本」になっている。でも、本当に見る者を惹きつけるのは「脚本(物語性)」ありきと思う。最近の映画は映像に偏りすぎて、中身(物語)がなくなっている。 あぁ、悲しい。。。

  • 柚子

    5.0

    圧倒される

    ユダヤ人大量虐殺は、誰の責任か   戦争は、その人間本来の思考を停止させ、麻痺させる 到底許されることではないが、結局のところは、どうにもならない 知らないより、知っていたほうがいい 見ないより、見たほうがいい 映画『夜と霧』と言う作品がある ユダヤ人大量虐殺に関しては、これ以上のものがないけれど、裁判のシーンなど、じっくり堪能する事ができた

  • sah********

    5.0

    今こそ観るべき

    製作時の社会背景を差し引いても良心的な映画。誤った前例一つが引き起こす事象の大きさや解釈拡大のスピードは、国民の支持率に関わらず過半数の議席を一党が持つ現在皆が顧みるべきことで、この映画はそれを教えてくれる。

  • fg9********

    5.0

    忘れることのできない名場面

     …今から半世紀以上も前の1961年の作品だ。  …あらすじは、横着をして、解説の次のとおり。  『連合軍によるナチス・ドイツの戦犯裁判を描いた作品。  アビー・マンのTVドラマをもとに、マン自身が脚色。  S・クレイマーが製作・監督を兼ねて、第三帝国で司法大臣だった男の戦争責任を描く。 』  これだけではあまりにもシンプル過ぎるので、ウィキからも少し拾ってみよう。  『1946年、ドイツのニュールンベルグで国際軍事裁判が開かれた。  そのうちの一つ、ナチ政権下エルンスト・ヤニングら4人の法律家が関わった2つの裁判の是非を巡り、占領国・被占領国双方の思惑も絡み、検察側・弁護側の間で激しい攻防が繰り広げられる。』  俳優陣の演技は鬼気迫るものがあり(弁護人の熱弁等)、これぞ役者魂なるものを見せつけられた。  その俳優陣は次のとおりで、なんとも豪華だ。  スペンサー・トレイシー、バート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク、モンゴメリー・クリフト、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランド、マクシミリアン・シェルなど。  ドイツ側の弁護人を演じたマクシミリアン・シェルは、第34回アカデミー賞主演男優賞に輝いた。  内容には詳しく触れないが、被告の一人の法律学者のヤニング(バート・ランカスター)は、中盤まで寡黙を押し通してきたが、あることを切っ掛けに激白する場面は、胸が打ち震えてしまった。  また、終盤の局面で、収監されているヤニングの許を裁判長(スペンサー・トレイシー)が訪れると、ヤニングが弁解じみたことを話すのだったが、それに対して裁判長が放った言葉は、ヤニングの呆然とした表情とともに、忘れることのできない名場面となって心に刻まれた。  いや~~3時間という長尺だったが、少しも長さを感じさせない傑作で、文句なしの☆五つだ。  余談:普段は完全字幕派だが、本作は吹き替え版でも観てみたい。  マレーネ・ディートリッヒの吹き替えを何んと黒柳徹子がやっているとあった。

  • bak********

    5.0

    引き込まれました

    国家と個人と時代を扱った長時間で難しいテーマの作品ですが、字幕がすんなり頭に入ってきましたし、俳優陣も魅力的で、没頭しました。 マレーネ・ディートリッヒが出演していて、劇中でリリー・マルレーンの解説をしているのもとても良かったです。 ラストの判決とその後の成り行きも良かったです。 もやっとしたところがなくなるまで語り尽くされ、裁判に興味を持てる作品に仕上がっています。

  • 一人旅

    4.0

    ネタバレ責任の所在

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • d_h********

    5.0

    ネタバレ見応えのある軍事法廷劇の傑作

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • ass********

    3.0

    深いテーマだけに不発…

    ディートリッヒの婦人が不必要に感じたのと(色気を出さず裁判に徹して欲しかった)、司法大臣を最期までどこか人格者として美談にまとめあげたのに違和感を感じました。 ナチスの巨大権力に逆らえなかった裁判官を裁く裁判という重く、興味深いテーマにも関わらず、どこか陳腐に感じたのはその為だと思います。 法の権威がアイヒマンのような一般人以下のモラルに落ちざるえなかった悲劇をもっと深く掘ってほしかったなー・・

  • fra********

    5.0

    演技の応酬を見よ

    今こそ多くの人に観てほしい! そんな気持ちでレビします。 ナチス支配の法廷で、数々の非人道的な案件を決裁していた判事たちが、戦後、戦勝国支配の法廷で、有罪か否かを裁かれるストーリーです。 この時代に興味がなくとも、心理劇としても一級品ですから、作品を十分に堪能出来ると思います。 この映画は名台詞の宝庫です。 若き弁護人の最終弁論。 「あの時代を共有していた全世界も有罪」 その論理が正しければ、今を生きる我々も有罪です。 ポルポトの大虐殺:ニュース映像で流される死体の山を、他人事のように見ていました。 現在進行形のアフガンの惨状:遠い国の出来事でしかありません。 圧巻の台詞はやはり判事ダンの判決理由。 「国家が危機に直面した時、卓越した知性の人でも、『国益や自衛のためなら、犯罪を犯してもいい』と信じ込んでしまう」 この映画が作られたのは1961年。 全く変わらない世界に私たちは生きています。 チェンジは起きないのです。 ラストのダンとヤニングが言葉を交わす場面。 「このことだけは知っていてほしい」と語るヤニング。 最終的に「知らなかった」と自分を正当化する彼にダンが投げかけた言葉。 私には法衣をまとう者たちへの訓戒に聞こえました。 それまで演技過剰に見えたバート・ランカスターですが(陳述場面は特に)、ここでスペンサー・トレイシー演じるダンとの人物の差異が浮き彫りになり、あのオーバーアクションは演出だったのかなと思いました。

  • gar********

    5.0

    裁くことの難しさ

    舞台は、1948年。連合軍によるナチス・ドイツの戦犯裁判、いわゆるニュールンベルグ裁判を描いた裁判ドラマ。1961年度のアカデミー主演男優賞受賞作品にして、『ウエストサイド物語』と競合しなければ、おそらく作品賞も取っていたと思われる作品。 ニュールンベルグ裁判の特筆すべき点は、国家の名のもとに行われた犯罪行為を裁いた点です。いうまでもなくこれまで大きな戦争が、人類史上に多くあったのにも関わらず、その行為をした者がこのように大きく裁かれたことはなかったと言って良いです。実際、第二回十字軍で多くのイスラム教徒をアッコンで虐殺する命令をしたリチャード1世も、17世紀の三十年戦争でドイツ各地を略奪し、殺戮を繰り広げた傭兵たちも、このような形で裁判にかけられたことはないのです。この映画は、そんな人類史上初の試みとそれが生みだした様々な問題点を骨太な演出で描いた名作です。 まずこの作品の魅力は、キャストでしょう。スペンサー・トレイシー演じる「アメリカの良心」ヘイウッド判事に「ドイツ国民に一片の威厳を残したい」と願うマクシミリアン・シェル演じるロルフ弁護士、脇を固めるなら強制収容所の実態を目の当たりにし、その正義感ゆえに、時に強引な手段を辞さないリチャード・ウィドマークの検事ローソン大佐、そして脇を固めるモンゴメリー・クリフトのペーターゼンとジュディ・ガーランドのアイリーンは、被害者の苦しみと闇を体現し、マレーネ・ディートリッヒ演じるベルトホルト夫人は、美しさの中に貴族としての誇りと連合軍への怒りがあふれています。しかし、これら豪華キャストの中で要というべきは、誰もが認める法の権威でありながら、ナチスに加担した元司法大臣ヤニングを演じたバート・ランカスターでしょう。特にそれを感じたのが、アイリーンへロルフが尋問をするシーンです。証言者を追い詰めるロルフ(この時のシェルには、見ていて怒りを感じました)を止めに入るヤニングの静かなる怒りとその後に続く、証言のシーンは、威厳と品格を感じるとともに、深く、暗い後悔と苦悩を存分に感じさせてくれます。ランカスターといえば、『山猫』と『家族の肖像』というヴィスコンティ作品や『地上より永遠に』のウォーデン曹長のような複雑な心理を持った役がらでの名演が印象的ですが、このヤニング役もまた彼の名演の一つだと思います。 そして、この映画の長所は、ニュールンベルク裁判が生み出した「勝者が敗者を裁くことの是非」を浮き彫りにした所です。我が国でもいわゆる東京裁判への評価は様々な立場で分かれているように、勝った者の論理とその時の政治の情勢で裁きが変化することへの賛否はいまだに存在します。この作品では、裁判の状況だけでなくそういった状況次第で何でも動くというリスクを背負った戦犯裁判の難しさと異論もきちんと描いていると思います。この作品は、いわゆる勝者であるアメリカの映画ですが、連合軍にとってあまり都合の良くない側面も描いていることで、より深く考えさせる作品になったと思います。 戦争犯罪を裁くことの難しさを、重厚に骨太に描いた裁判物の名作。DVD化は、遅すぎたぐらいです。 <ある女性の面影> 映画制作当時、すでに還暦を迎えていた人には見えぬほど魅力的なディートリッヒ演じるベルトホルト夫人。この夫人の姿には、一人の女性の面影があるようです。その人の名前は、ヨゼフィーネ・フェルジング。結婚してディートリッヒ夫人となった彼女こそ、マレーネ・ディートリッヒの実の母親です。ベルリン一の時計職人の娘として生まれた彼女は、生涯二人の夫を持ちそのどちらも軍人でした。映画でベルトホルト夫人は、「感情を自制することを教えられた」と自らの人生を語っていますが、これは常々ヨゼフィーネの口癖だったそうです。どんな時でも動じず冷静に自分の義務を果たす母の面影が、ベルトホルト夫人には、投影されています。

  • tot********

    4.0

    ネタバレ体制の中での個人の責任・・・

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • fkx********

    4.0

    時代によって印象は変わるんだよ…

    小学校6年生のときだったか、いや、中学1年生のときだったかもしれない。 この映画を父のレーザーディスクで見た。 DVDやBDの御時勢から考えると、40分おきぐらいにA面からB面に代わるのに時間がかかったり、直径30?の重いディスクをプレーヤーから出し入れして1枚目から2枚目に換えるときにはそれ以上の時間がかかるのは面倒臭くまた懐かしくもあるが、この映画を見ていたときの私は、そういった時間がもどかしく、一刻も早く続きが見たいという気分でやきもきしていたのを鮮明に覚えている。 そんな手間の一切かからぬDVDで、久々にこの映画を見た私は、子供のころに受けた印象と今の印象とに大きな乖離ができている事に妙に戸惑いを感じてしまった。 最初に見たときから、たかだか12年ほどしか経過していないにも拘わらず、登場人物達に対する印象が、当時と今とでは180度変わっていたりするのだ。 当時の「うん、うん、その通り」という“お説ごもっとも”といった“素直な迎合”は、今の私には、もはや無く…、 映画全体から今感じる印象は、ズバリ“アメリカの傲慢さ”以外にはなかったのである。 戦争に勝つ為、戦争の早期終結の為、両陣営による一大決戦による決着という概念から両陣営による持久力・補給力を競う総力戦という戦争に対する概念の変遷の結果とはいえ、米国はじめ連合軍はドイツの主要都市を無差別に爆撃し老人・婦女子を含む多くの非戦闘員を殺戮した事は明らかな国際法違反であり、そういった観点に立つならば立派な戦争犯罪を犯している。 “国家による国際紛争解決の手段としての戦争は全て合法であり、戦争中に於ける如何なる戦術・戦法の選択と、その選択による彼我の損害についても戦後、関係国によって如何なる罪にも問われない” という考え方が正しいなら、先に挙げた米国はじめ連合国のドイツに対する犯罪的殺戮行為、ソ連による侵略・国際条約の一方的破棄・自国民及び周辺諸国民に対する虐殺行為、米国による日本各都市の大爆撃に因る大量虐殺・原爆投下による広島や長崎での大虐殺・沖縄戦に於ける日本の学童疎開船撃沈(この時の幼児と小学生の死者はタイタニック号の死者数を超えている)なども、戦争によるやむを得ざる結果として何等の罪も問われはしまい。 そして、同様に、ドイツや日本の戦時中に於ける行為と結果についても、何等の罪にも問われはしないはずである。 少なくとも、戦時中の戦争指導者や為政者が罪を犯すとするなら、それは戦争に負けたという点に於いて自国民に対しての罪であり、彼らを裁く権利を有するのも、その国民のはずであって、決して戦勝国に彼らを裁く権利も道理も無いのである。 まして、第二次大戦が終結するまで国際法上も合法とされた戦争について“戦争犯罪”などという概念は無く、戦勝国が、その戦争に勝った後に勝手に新しく作った“戦争犯罪”なる概念で敗戦国の戦争指導者や為政者たち、そして命令を受けて第一線で戦った名もなき兵士達までをも裁くという事自体が違法であり立派な犯罪行為なのである。 映画の中で、戦争の惨禍・收容所の悲惨さを目の当たりにして戦争犯罪を断罪しようと燃える米国軍検事は、広島・長崎の惨状を目の前にして果たして米軍の犯罪を糾弾できるのだろうか? 国際法に反して戦勝国が敗戦国を裁く矛盾に疑問さえ抱かず、自分が一度もその境遇に置かれた経験も無い米国人判事が、被告であるドイツ人判事に吐いた“正論”は、ほんとうに当時のドイツで命の危険なく実行できる正当な行動だったのだろうか? そうでないなら「お前は、国家の不正に抗してあの時死ぬべきだったのだ」とでも言いたいのか。 ユダヤ人を虐殺したのはドイツ人が悪いと言うが、それではユダヤ人がどうなるのかを薄々解っていながら彼らが連行されていくのを傍観し黙殺し協力さえしたドイツ人以外の欧州の人々には何の罪も無いのだろうか? 当事者でもない他国の人物が、ただ戦勝国の人間だというだけで、敗戦国の人々がその戦争に至る前に選択した行いや考え方や慣習に、まるで神の如くに全くの上から目線で、結果論によって裁定し断罪する事に何の説得力があるというのか? それらの行為のどこに、何の“正義”があるというのだろうか? 最後に、『スター・トレック』のカーク船長が、そのまんまの女たらしのニヤけた匂いをプンプンさせながら、真面目な米軍将校役で出演していたのは大きな発見であり喜びであったことを付け加えておきたい。

  • abu********

    4.0

    ネタバレ裁判を通して人間を考える

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • しいちゃんのパパ

    5.0

    ☆時代を超越した、難しい宿題の答えは?☆

    この映画の評価はかなり難しいですね。 とても、難しい宿題を課せられ、 その答えが正解なのか判らないのに、 「何とか、答えを出せ!」と言われる様なものです。 裁判を取り上げた映画で、 しかも、敗戦したドイツ国のタブーを扱った お堅い内容なのかなと思いつつ、観始めたのですが、 194分という、長時間でありながら、 自分でも不思議なのですが、一気に観てしまいました。 法廷のシーンだけでなく、時々それ以外のシーンを入れて、 法廷の閉塞感を極力抑えたり、 それそれの立場での、白熱したバトルに引き込まれる演出とか、 いい意味でデフォルメを抑えた ドラマ性を加える事で、ダルさを感じない演出に かなり気を遣ったのでしょう。 映画で描いているニュールンベルグ裁判は、 全ての内容を扱っておらず、 断片的な内容かもしれませんが、 戦争の責任所在、裁判自体の難しさ・複雑な国や人間模様は、 充分伝わっていると思います。 全部描くのは不可能であるし、 観客に混乱を招くだけですから、 これもありでしょう。 一般論になりますけど、 法律とは何でしょうか? 裁判とは何でしょうか? この2つの問いに対し、いろんな答えがあるでしょうけど、 解り易い例えで言えば、学校の校則の延長の様な感じと 考えればいいのでしょうか。 根底にあるのは、生活・社会秩序を維持する為にあるのは、 誰もが認めるでしょう。 人間は自由に行動すれば、生活や社会に不平不満が生まれ、 混乱や不安を招く性です。 つまり、混乱を防ぐ為。皆が公平で安心できる生活をする為。 様々な対策をする必要があります。 だから、法律を作り、皆に守らせ、守らなかったら、 裁判で処罰するシステムを長年の歴史と 知恵から生まれたと解釈しています。 しかし、今回の裁判はそんな考えは通用しません。 一般でいう、法律・裁判は、コミュニティや国といった、 限定的な範囲の世界を想定されたモノであり、 世界基準ではないこと。 国際法という法律があるにせよ、 大抵の法律は抽象的であるし、解釈がいろいろできる。 だから、余計に複雑で絡み合っているのだから、更にややこしい。 戦争という世界規模で起きた悲劇で、勝利国・敗戦国に区分され、 勝利国が敗戦国を裁くという、前代未聞、前例なしで、 公平な裁判であるか否かの疑問や、 様々な人間の悲哀や野望が表れ易いのでしょう。 タダでさえ絡みあった様々な様相が、戦争や、 国家いう絡みも加わり これも複雑に絡みあって、更々にややこしい。 この映画で描きたかったのは、 勝利国が敗戦国を裁く事の裁判自体の疑問もありますが、 根底は戦争で、益々複雑になった、 人間模様を、描きたかったのではないでしょうか? それでも、裁判官は判決を出さざるを得ない。 何故なら、判決という一つの区切りを出すことで、 良くも悪くも、新しい流れを導きなければ、ならないし、 あの、複雑な状況からは、何も生まれないでしょうし、 結論を導くことは難しいでしょう。 それでも、新しい時代への区切りの為 に結論を出さざる得ない。 そう考えると、 あの映画のラストの裁判官の台詞に凄く重みを感じるのです。 裁判官なりの様々な圧力や情勢を意識せず、 公平に裁判する難しさ。 勝利国・敗戦国の苦しみを理解しつつも、 それでも、完全に両者に完全に 納得できない判決を出さざる得ない事を解っている 裁判の難しさ。 今年から、裁判員制度が始まりましたが、 一般で選ばれた裁判員の人を裁く 事の難しさがありますが、 この裁判はそれ以上に難しかったのだろうと 想像してしまいます。 裁判であらゆる面で区切りをつけて、 次へ進むきっかけになったにせよ、 この裁判の意味はなんだったのだろうか? 戦争責任って何?責任は何処にあるのか? 責任があるのなら、どの様に償いをすれば納得ができるのか? 戦争で被害にあった膨大な人々の心身の救済はどの様にすれば 救われるのか? そもそも、あの戦争の後始末という、 それぞれの国々が重い十字架を背負わなければならなかった あの戦争は何だったのだろう。 この映画を観て、過去の出来事に対して 考えるきっかけになればいいのですが・・・・ 正に、時代を超越した、宿題をつきつけられた感じがします。 答えを出すのは難しいでしょう。 ひょっとしたら、答えはないかもしれません。 考えること自体が答えなのかもしれません。 はっきりしているのは、 世界や社会や過去の出来事を知ろうとしない無知さが、 再度、この様な悲劇を招くのは間違いないのだと。 これだけは、はっきりしています。

  • カッチン

    4.0

    長く感じなかった。

     スペンサー・トレイシー(裁判長)、バート・ランカスター(ヤニング)、リチャード・ウィドマーク(検察)、モンゴメリー・クリフト(ルドルフ・ピーターセン)、マクシミリアン・シェル(ロルフ弁護士)、マレーネ・ディートリッヒ(バートルト夫人)という超豪華キャストで194分!  観たいと思っていながらもレンタルも無く、先日ザ・シネマHDでやっていたのでやっと観れた。 全然長く感じない、淡々とした中にも人間として考えさせられる部分がたっぷり。緊張感の中でいろんなものを背負いながら裁判長を務めるスペンサー・トレイシーと、有罪判決を受けるヤニング博士のバート・ランカスターのお互いを思う感覚とその演技がとにかく凄い!クラシック映画ファンにはたまらない名作として、永遠に作品であるだろう。

  • own********

    5.0

    文明に対する罪

    若い時に観ていわゆる戦争犯罪について深く考えるきっかけとなった映画。国家の危機に際しては国益優先の所業も許されるか否かは、いまでも判断の分かれるところでその点この映画の提示する問題意識は古くて新しいものでしょう。

  • じぇろにも

    4.0

    司法大臣

    戦争責任

  • jas********

    3.0

    演技合戦を堪能せよ☆3.5

    戦勝国が敗戦国の責任を追及した裁判ということで、 中立という点では問題もあったんでしょうが、 そこを逆手に作品のテーマとした、 見応えのある裁判ドラマに仕上がっています。 どの役者さんも演技がうまく、 緊張感はたっぷり。 裁判長役のスペンサー・トレイシー (「花嫁の父」でパパ役を演じた人ですね) も良かったんですが、 被告の弁護士役を演じた役者さんが非常に素晴らしく、 ラストまでグイグイと引っ張られました。 マレーネ・ディートリッヒは 相変わらずの存在感なんですが、 モンゴメリー・クリフトも出演してたんですな。 最後まで全然気づきませんでした。 お薦めのクラシック映画です。

  • tal********

    4.0

    ネタバレ検察側の弁護人

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • みゅう

    5.0

    深い演技力に 負けました

    こういう映画見ると、つくづく役者さんて偉いなあというか、素晴らしい仕事だなあ…と思います。どうやって、こんな演技力を身につけるのでしょう? 主席判事、検事、ドイツ人弁護士、ドイツの元法務大臣の被告4人、誰がアカデミー主演男優賞でもいいくらい味わい深いものでした。 途中バート・ランカスターが「やめろ!」「また始める気か」と怒鳴り飛ばすシーンがありましたが、それまで沈黙を守ったままの被告の突然の怒号だったので、こちらまで怒鳴られた気がして、ビクッとして背筋が伸びてしまいました。もの凄い緊迫感でした。でも、あの迫力あり過ぎは、良心の法律家というより、マフィアの親分だなあ。 出廷する証人を次々いびり抜く弁護士も見事な演技でした。見てるこちらまで、そこまでヤル、とはらはらどきどき。この役者さんが「白夜」のマリア・シェルのお兄さんだとは知りませんでした。いい顔してます。マクシミリアン・シャルはこの演技で見事アカデミー主演男優賞獲得、「戦争のはらわた」でも「遠すぎた橋」でも実にいい演技してました。ホント美男美女の兄弟ですね。 緊迫した法廷が続くなかに、ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」の1楽章が聞けるコンサート風景が挟まれていました。これにつづき、瓦礫の山と建築工事だらけのニュールンベルクの街中を、マレーネ・ディートリッヒとスペンサー・トレイシーーが帰宅がてら散歩していると、『リリー・マルレーヌ』の唱が酒場から流れてくるなんて、素晴らしい息抜きと絵心のサービス精神です。 ディートリッヒに敬意を払うがごとく歌詞解説まで語らせて…。厳しい中にもお洒落心がいっぱいです。監督さんの力量ですねえ。公判中にもソ連のチェコ進軍やベルリン封鎖などのニュースが飛び込んでくる臨場感の演出はすごい。裁判は裁判、それとは別に世界は猛スピードで動いているんだ。 でもドイツって国は打ちのめされた悲惨な時にはベートーベンという深遠な芸術家の音楽があるから羨ましい国ですね。フルトヴェングラーがこの時代復活して「運命」演奏してくれたなんて信じられません、まるで幻のようだ。日本には、ベートーベンの存在に匹敵するもの何かあるのだろうか? リチャード・ウィドマークって何に出てきてもいい演技しますねえ。クリント・イーストウッドなど渋がった演技でウリましたが、あちらは演技で渋いのと違い、こちらは演技なしに居るだけ、存在自体が実に渋い。モンローとの「ノックは無用」など忘れられません。 終わりに近づくほど、存在感を増してくるスペンサー・トレイシーの言葉にできない演技力はどうすればいいのよ。本心、主演男優賞はこちらが相応しかったような気がしてきました。 でも現実のニュールンベルグ裁判って、ドイツの元判事は裁かれたんでしたっけ? もしかして、この映画全くのフィクション?どこまで実話?実刑受けた判事の被告名簿が見当たりません。

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