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ノスフェラトゥ (1978)

NOSFERATU: PHANTOM DER NACHT/NOSFERATU THE VAMPIRE/NOSFERATU - FANTOME DE LA NUIT

監督
ヴェルナー・ヘルツォーク
  • みたいムービー 24
  • みたログ 140

3.46 / 評価:48件

秀逸なリメイクです

  • cyborg_she_loves_me さん
  • 2017年12月8日 12時10分
  • 閲覧数 734
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

 私も公開当時これを見た時は、なんて地味で、怖くなくて、ただ何もかもが醜いだけの映画だろう、と思いました。ひたすら退屈でした。

 それが、1922年のムルナウの「ノスフェラトゥ」を見た後でこれを見たら、深い霧が晴れるようにこの作品の隅々がぜんぶ透明に見えたような感覚を持ちました。
 「リメイク」といっても、大抵のリメイク作品は、原作のどこかを改変して独自色を出すものですが、これは、「ムルナウがもし今生きていてこの作品を撮りなおしたら絶対こんなふうにするだろう」という姿をとことん追求したものです。
 もう最初から最後まで、ムルナウ版の映像がつねに重なって目の前に浮かんでくる、っていうぐらい、原作のイメージを見事に再現してる。伯爵がロンドンで買った建物は、ムルナウが使ったのとまったく同じものです。
 しかも、ムルナウ版がサイレントであるがゆえに持っていた限界が、見事に解決されています。文字による説明ではどうしてもわかりにくくなる細部が、効果音と音声で適切に、リアルに表現されている。ムルナウ版では終始BGMが鳴っているせいでどこか上滑りに見えてしまうシーンが、時計の音だけが聞こえる完全な静寂や、伯爵の息遣い、木のきしむ音、などによって絶妙の不気味さをかもし出している。

 そうやってわかりやすく表現されてみると、あらためてはっきりわかります。この映画(ムルナウ版もそうです)は、吸血鬼そのものの怖さを描こうとしたのではなく、「黒死病」の恐怖と吸血鬼の恐怖を同質のものとして描くことによって、そういう恐怖感の背後にある人間の本性を描こうとした作品だと思います。得体の知れないもの、わけがわからないものを見ると、私たち人間は心の奥底が凍るような恐怖感を感じる。この感覚を再現しようとしたものですね。

 冒頭のミイラの映像は、メキシコのグアナファト博物館に実際に展示されている、1833年に大流行したコレラの犠牲者たちの本物のミイラです。たった200年前に、伝染病が悪魔の仕業として恐れられていたことを示す証拠です。吸血鬼伝説の背後にあるのは、こういう悪魔に対する恐怖感と同じ恐怖感なのだ、とこの映画は言いたいんですね。

 この映画にはドイツ語版と英語版があって、両方ヘルツォーク自身が作ったものです。英語版は、同じシーンを同じ役者で全部台詞を英語でしゃべらせてもう一度撮りなおす、というやり方で作ったんだそうな。吹き替えだと声が変わってしまうのがどうしても嫌だったんですね。
 私が見たのは英語版ですが、ヘルツォーク自身はあくまでドイツ語版の方が本物だと言い続けたようだけど、役者全員が外国語をしゃべって演じてる状態っていうのは、かえってそのぎこちなさが独特の薄気味悪さをかもし出してて、これはこれでいいなと思いました。

 音楽(というか、単に音が鳴ってるだけに近い、ほとんど旋律のないものですが)も、とてもいい雰囲気を出しています。ただ、ワーグナーの「指輪」の冒頭の音楽を使ったのだけは、大失敗だと私は思います。浮かんでくるイメージが全然違う。

詳細評価

物語
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