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バートン・フィンク

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5.0

ネタバレ銃後の戦争映画

 かなりひどい二日酔いの日の夕方、この映画を劇場で一人で観た。コーエン作品はその時が初めてだったが、終盤フィンクがリプニク社長に「魂のレスリングなんぞ誰が観たがる?」と罵倒される場面がまさに予想通りだったので、人目もはばからず笑い転げた記憶がある。  太平洋戦争間近の1941年、ハリウッドに招かれた社会派の脚本家フィンクは、映画会社の社長から熱血プロレス映画の脚本を書くよう命じられる。恐らくは来るべき国民精神総動員に向けて観客を鼓舞する意図があるのだろうが、社会派君にそういうものは書けない。担当プロデューサーとアル中作家の愛人からは「キバらず書け」とアドバイスされるが、それでもうまくいかない。そしてホテル隣室にいるのは一見「気さくな庶民」に見える殺人鬼。現実世界でフィンクが目にするのは、彼が固執する「庶民」ではなく、殺人鬼の「ユダヤ人」が「ハイル・ヒトラー!」と叫んでショットガンをぶっ放す姿だ。  しかも終盤、殺人鬼ムントはフィンクにこう言う。「旅人でしかないお前が、ここに住んでいる俺に『物音がうるさい』と文句を言うのか?」。フィンクが拠り所とした「庶民との心の交流」も、こうして完膚無きまでに粉砕される。  踏んだり蹴ったりの中でフィンクは「傑作」を書き上げた。仕方がない。こうも追い詰められれば、どうしたって「魂の格闘」という傑作が出来上がってしまうからだ。重荷から解放されたフィンクは、周りは出征兵士ばかりというホールで一人スーツ姿で踊り狂う。体育の時間に体操服を忘れた小学生のように。兵士に難癖をつけられても、殺人事件の修羅場をくぐって開き直り状態のフィンクは言い放つ。”This is my uniform!” そして社長に傑作を見せに行ったら案の定怒られてしまう。  アル中の作家が見抜いたように「バカ」だし、本人もそれを自覚できていない。もう時代は、This is my uniformと叫んでもどうにもならないところへ来ていた。バカが英雄になれるタイミングは過ぎてしまっていた。どうにもならなくなった時に、こういう奴が遅きに失した叫びを上げるということが、現実の残酷さなのだろうか。  ラストの海面に飛び込む海鳥は、太平洋に落ちる日米軍用機のメタファーだというレビューを読んだが、自分もそう感じる。そして戦争に突入すると、海面へ向かって急降下するイメージが、有無を言わさぬ神話の輝きを帯びていく。そして始末の悪いことに、この輝きは現在も衰えていないときている。  これは開戦前夜の米国を舞台にした、銃後の戦争映画だ。そこでは道化たちの哄笑と怒号が渦巻き、「庶民」がナイフとショットガンを振り回して荒れ狂い、権力者は無言で魂の譲渡を要求する。そして開戦後、銃後と前線は融合して一つになる。さらに数年を経て人々は「カミカゼ」とキノコ雲を目にするのだ。  ジョン・タトゥーロ、グッドマンは言うに及ばず、脇役の演技がいい。中でもトニー・シャルーブは絶品だった。

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