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灰とダイヤモンド

灰とダイヤモンド

POPIOL I DIAMENT/ASHES AND THE DIAMOND

102

じゃむとまるこ

5.0

ダイヤモンドとは何か?

”灰とダイヤモンド”この言葉が映画のすべてだろう。 長い長いポーランド苦難の歴史、それを予習しておかないとこの映画の本質は理解できないと思う。 第二次大戦中、ナチスドイツとソ連に分割統治され国民は辛酸を舐めつくした。 ドイツ降伏後の1945年5月8日、そして結果としての次の日、二日間をを描くことでワイダ監督は思いのたけをすべて込める。 映画製作は1958年、当時共産党一党独裁ソ連の衛星国だった、映画の検閲も厳しかっただろう、その厳しさをクリアでき世界に公開できたのは何故か?ということを考えなければならない。 この時代、ポーランド政府はフランスからイギリスへと拠点を移し、祖国奪還の機会を探ってはいるが明かりは全く見えない。 それでもレジスタンスの生き残りはテロリストとなって共産党要人暗殺を企てる。 原作ありの映画であって、主役は暗殺される人物のようだが、彼には彼の苦悩がある、こともあろうに息子が反政府活動で拘束され処刑されようとしている。 テロリストのマチェックは一見チャラい男のように見える、そして目的を果たしても使い捨てのように見捨てられる。 ゴミとともにまさにごみのように死んでいく、彼の目的は意味がないように見えるし愚かにも見える(冒頭の事件からしてそうだ)。 一見そう見えるように作ってある、これがクリアできた理由だろう。 中盤以降の長い歓迎パーティの様子は退廃的で人間の愚かさを見せつける、これは監督の体制批判が現れていると思うが、それも必要以上に愚かな人物を配することでクリアしている、酔っ払いのたわごとは誰も気にしないものだ。 戦争で家も家族も失くしレジスタンス(『地下水道』の生き残り)からテロリストとなり惨めな最期を迎える、では彼の人生には何もなかったのか?といえば、たった一日の気まぐれのはずだった情事に生きる輝きを見つける、人生とは何か、生きたいという思い、それらが彼の人生を唯一意味のあるものにした、そう見えた。 国民も国も親も子供も焼けて灰になった、でも、失われていないものがある、生きている限り、今から作っていけるもの、親であり、子であり国民であり、祖国ポーランドへの愛。 灰はただの灰ではない、その中にかすかにダイヤモンドがきらめいている、それがポーランドという国だ。 この映画もまた評価を超越した作品だろう、デジタルリマスターでとても美しいモノクロ映画として再生されている。 午前十時の映画祭より。

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