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白鯨

白鯨

MOBY DICK/HERMAN MELVILLE'S MOBY DICK

116

dam********

2.0

ネタバレ「張りぼての形而上学」

 原作は、メルヴィル(1819-1891)の「白鯨(Moby-Dick; or, the Whale)」(1851)。  語り手のイシュメールが、港の船員宿で、南島の銛打ち名人クィークェグと出会い、ピークォド号に乗り組むまでは、ユーモラスで、雰囲気もあり、かなりよかった。  ことに、鯨捕りの教会での牧師の説教は、すばらしかった。  船首を模した説教壇に、縄ばしごを伝って、牧師がのぼる。  牧師は、そこで、満場の聴衆を前に、ヨナの反逆と改悛の物語を、とうとうと語る。その後の、エイハブとモウビー・ディックとの戦いを予感させて、圧巻だった。  イシュメールのみならず、期待は、いやが上にも増す。  ところが、後半の展開は、まるで別の映画のようだ。  肝心のキャプテン・エイハブの登場をピークに、張りぼてのモウビー・ディックでダメ押しとなった。  エイハブ船長(グレゴリー・ペック)は、はじめの謎めいた登場の仕方まではよかった。  しかし、舞台が船上と海に移り、出番が多くなって、あれこれしゃべりはじめるにつれ、つらくなってきた。  もともと品のいい端整な顔立ちのベックに、復讐に燃えたエイハブ船長がそぐわないことに加え、形而上学もどきの語りや雰囲気づくりは、イシュメールやエイハブ船長がしゃべればしゃべるほど、形而上学から遠ざかる。  モウビー・ディックは、昔懐かしのウルトラQを見ているようだった。  どうしてこうなってしまうんだろう。  映画後半は、大急ぎで作ったような印象を受けた。  四方山話。  ウィキペディアを見ていたら、おおよそこんな記述があった。  スピルバーグが「ジョーズ」(75)を制作するさいのこと。  脚本の中に、映画館で「白鯨」を見ている鮫狩り名人クイントが、映画を嘲笑するくだりがある。  それで、エイハブ役のグレゴリー・ベックが権利を持っていたので、彼に映像の使用許可を求めた。  ところが、ペックは、断った。  その理由は、映画の「白鯨」を嘲笑しているからではなく、自分自身がそれを気に入っておらず、いまさら世間の目にさらされるのが、いやだからだ、と語ったという。  これは、スピルバーグの話だそうだ。  出典の記載がないので、真偽のほどは、定かではない。  しかし、納得してしまう話だった。

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