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白鯨

白鯨

MOBY DICK/HERMAN MELVILLE'S MOBY DICK

116

mas********

5.0

ネタバレ最大級の怪物

昨日は未熟なおバカレビューをご披露してしまい、大変失礼しましたw 読み直すと赤面物のお粗末レビューでして、やはり慣れないことはあまりするものではありませんね。 (でも内心楽しかった、またきっとやっちゃいます。笑) そこで今日は路線を少々戻しまして、また面白みのないレビューをさせていただきます。 今日のお題目は「白鯨」です。 ハーマン・メルヴィル原作のこの名作、読まれた方も多いでしょう。モビー・ディックと呼ばれる巨大な白鯨と、その白鯨に片足をもぎ取られたエイハブ船長との死闘を描いた骨太な海洋ドラマです。 海の怪物と男たちの闘いを描いた映画といえば、どなたでもすぐ思い浮かぶのはやはり「ジョーズ」でしょうね。しかしこの「白鯨」が製作されたのは何と「ジョーズ」を遡ること18年前の1956年。まだまだこの頃の映画といえば、BWが主流。しかし本作はカラー映画として発表されました。 当時のカラー映画はいわゆるテクニカラー作品という技術的に原色に近い、つまり派手な色彩のものでした。しかし派手な白鯨ではなんかピンとこないということで、本作の監督ジョン・ヒューストンは、敢て派手さを取り除き、BWに近い雰囲気のくすんだ色調で統一しています。 ジョン・ヒューストンは言わずと知れたアメリカ映画界の巨匠ですが、彼自身はどちらかといえばつき合い辛い人間だったそうです。というのも反骨精神の塊のような人物であり、お世辞にも組織におとなしく収まるような性格ではなかった。実際、映画監督になる前に実に様々な職種についていたそうですが、そのほとんどがクビになったり、放浪癖があったからだとか。 そんなヒューストン自身の性格を反映してか、彼の映画に出てくる主人公たちは強烈な性格や、執念に取り憑かれた人物が多い。本作のエイハブ船長などはその筆頭です。 船が出港してもなかなか登場せず、船長室に閉じこもっていたエイハブ。その彼がある日突然甲板にその姿を現したときの、船員たちの畏怖した描写、このシーンにエイハブがどのような性格であるのかが凝縮されていると感じます。彼の目標はあくまで己の片足を奪ったモビー・ディックただ一頭。他の事など一切目に映っていない。ある意味狂人的とさえ言える。 なかなか姿を現さない白鯨に、乗組員たちは徐々に不満を感じ始めるのは自然の成り行き。あくまで白鯨に固執する船長のために、他の鯨の群れを横目で通り過ぎることになるのですから。 乗組員たちの士気の低下とは対照的にエイハブのモビー・ディックに対する憎悪は益々強くなっていく。もはや人間らしさすら失くし、漂流してしまったボートの捜索依頼すら断る始末。彼の頭の中にはモビー・ディックへの憎悪しかないのです。 このエイハブ船長を演じたのが名優グレゴリー・ペック。ソフトなアメリカ紳士役が多かったペックですが、本作ではそのイメチェンを図るがごとく、鬼気迫る演技を見せてくれます。人によってはやはりペックのカラーではないと、ミスキャストを指摘する者も中にはいますが、私自身はペックのこの演技、素晴らしく映りました。 遂に白鯨との対決の場面、この怪物はエイハブの船を破壊しまくる。いくつもの銛を打ちこまれてもひるむどころか、その巨体で反撃に出る白鯨の凄まじさ。さいものエイハブも銛に結び付けられたロープに絡まり、白鯨に貼り付いたまま最期を迎える。しかし死してなお、手招きをするように片腕が空を切る。 このシーン、ズシンと来ました。ヒューストンがこの映画で表したいことが何なのか、うっすらと掴めたような気がしたからです。 私なりの解釈で恐縮ですが、モビー・ディックの象徴するものは、エイハブ船長の復讐に捉われた憎悪そのものではないでしょうか。つまり、エイハブ船長は己の憎悪そのものと闘い、そして敗れ去ったのです。死してなお乗組員を扇動するエイハブ。その復讐心が乗組員たちに乗り移り、彼らも憎悪の塊と化して、白鯨に挑みそして敗れ去っていく。 人間が持つ憎悪という感情、これこそが最大級の怪物であり、人は誰しもその怪物に魅せられると破滅の道が待っている。これこそがヒューストンが、そしてメルヴィルが描こうとしたものではないでしょうか。 他の作品でも人間の負の感情、つまり怒り、憎しみ、妬みなどが結果として己を破滅させるという話は考えてみれば結構あります。極端な例ですがダースベイダーなどその典型ですよね。 負の感情に流されずに生きていきたいものですね。

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