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8 1/2 (1963)

OTTO E MEZZO/HUIT ET DEMI/EIGHT AND A HALF

監督
フェデリコ・フェリーニ
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  • みたログ 1,111

3.96 / 評価:294件

人生はカーニバル

  • bar***** さん
  • 2017年1月12日 11時44分
  • 閲覧数 1548
  • 役立ち度 10
    • 総合評価
    • ★★★★★

いい映画だし、すごく楽しめたけど、芸術的な感性に訴える要素が強い映画で、一気に見るとなると疲れてしまうし、物語の筋はほとんど無いくらいで、退屈に感じられることもあるかもしれない。

それでもぼくはこの映画に★5を付けたい。ストーリーが長いとか、煮え切らない主人公にイライラするとか、一見意味のわからない幻想シーンに困惑するとか色々あるけど、それも全部ひっくるめて、やっぱりすごくいい映画だと思ったので、★5が妥当だと。

主人公のグイドは初老の映画監督。どうやら芸術的な映画を作る男のように感じられる。
幼少のころ体験したエピソードを表現したいと漠然に感じているが、それ以上のインスピレーションがまったく浮かばず、なんら映画の形ができないままプロデューサーの計画だけが進み、後に引けなくなっている。

主人公のグイドは大作家のように見えるが、作中ずっと孤独を強いられている。誰も自身のことを理解しているようには感じられない。それどころか一方的な要求を突きつけられ、誰もが彼自身のことを利用しようとしているように感じられる。

彼はどんどん周りのプレッシャーに耐えられなくなっていく。と同時に、自分自身の能力に疑問を抱き始める。それがエゴイズムを生み出し、彼自身をさらに孤立させていく。

作中では、誰もかれもが主人公に対して要求しているように感じられるが、それはやはり主人公から見た他者で、誰かの役に立つことが自分の価値だとみなしているフシがある。事実彼は、他者のことを自分に役立つかどうかで認識しているようなところがある。
これはぼくの考えだが、「あなたは誰も愛していない」というセリフはそういう意味がある。

本当に、語りつくせない映画である。この映画を語ろうと思えば何時間も必要だし、それでも何か手落ちがあるように感じられるだろう。

ラストでは、彼はようやく自分の表現したいものを感じる。セリフどおり、「答えはまだ見つからない」が、人を愛するということが何なのかに気づき、再起を図る。このラストは印象的である。すごく印象的。

作品の中で、何度も現れる幻想シーン。これは主人公グイドの心理状態を表している。ハーレムは支配権を握りたいことと、自分が必要とされていたいという孤独の表れ。最初のシーンは閉塞感と、他人の眼差しから逃れて自由になりたいという意思。そして最後は、他者を愛し、自分もその輪の中に入ってもう一度ちゃんと生き直したいということ。一つ一つに象徴的な意味があるが、全部たどっていくとわけが分からなくなるだろう。

この作品にはカーニバル要素がある。人生は祭りだ、の一言にもあるが、非常に因習的な、イタリアンな陽気さ、そして重い歴史性、それらが混じり合ってカーニバルの旋風となり、その軽々しさ(と裏にある重々しさ)が絶妙に心地よい。

イタリアの人の本で、イタリアと日本はよく似ている、と書いていたのを思い出した。何が似ているかって、その根元の精神性である。どちらも非常に因習的で、捨てられないことが多い。歴史というものに縛りつけられていて、その中で生きている。だから似たような人生の苦痛や悲哀がある。

主人公のグイドが最後に見つけてくれた糸口。それが何だか、自分の日常にも当てはまるような気がして、救われたように感じた。この映画は、主人公のグイドの苦痛・悲哀にとことん感じ入った場合にのみ、言葉に表せられない、しんみりとした美しい解放感に浸れるのではないだろうか。

詳細評価

物語
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演出
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音楽

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