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8 1/2 (1963)

OTTO E MEZZO/HUIT ET DEMI/EIGHT AND A HALF

監督
フェデリコ・フェリーニ
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3.93 / 評価:317件

無限の想像空間にフェリーニが舞う☆

  • Kurosawapapa さん
  • 2013年10月29日 6時39分
  • 閲覧数 1956
  • 役立ち度 24
    • 総合評価
    • ★★★★★

天才フェデリコ・フェリーニ監督による奇跡的傑作と言われる本作。

ミュージカル「NINE」の基にもなった。(主人公の名前は両作ともグイド)

タイトルの「8 1/2」は、
フェリーニ監督が作った作品の順番説や、短編、長編の数え方を変えた合計など、様々な憶測があったようですが、
この「1/2」という表現、
“現実” と “幻想” を交錯させた本作に、見事にマッチしている。

フェリーニ監督が否定するにもかかわらず、
本作の主人公である映画監督グイド(マルチェロ・マストロヤンニ)は、フェリーニ監督の自己投影と見られているのが一般的。



冒頭、映画製作における周囲からの抑圧、批判が、
・息ができない閉塞感
・天空から真っ逆さまに落とされる恐怖 となって描写される。

一方で、「 私の映画では全てが起こる 」と、
映画に対し妥協を許さない、自信に満ちた言葉が存在。

この映画には、
 “抑圧” の対極に、主人公の強い “意志” があり、
意志の周囲に、 “理想主義” や “欲望” が付随しているように見える。


・殺された夢を笑顔で話す愛人
・気持ちを通じ合えないまま、墓の中に帰っていく父親
・浜辺でルンバを踊る大女のサラギーナ

難解な流れだが、どの現実や幻想シーンも、
なんの飾り気もない、素直に描写した、想像空間に浮遊する監督の中身なのだと感じさせる。


本作は一方で、
主人公を囲む沢山の女たちこそが、主人公になっている。

妻、 愛人、 女優、 踊り子、 魂を見透かす女ロッセラ、
鉱水を与える美しきクラウディア、 少年時代の回想に出てくるサラギーナ。

グイドを愛し、 グイドを讃え、 グイドに翻弄され、 グイドを追い込み、 グイドを疲弊させ、、、
そんなフェリーニの性的本音イズムを投影した女性たち。


「 己のみを慈しむ人間は、己の感情に窒息して果てる 」
脚本家の言葉に対し、主人公は、この脚本家を処刑する幻想を抱く。

完全を追い求め、 現実を超越、 周囲を受け入れず、 浮遊している主人公。

フェリーニいわく、本作で描いたものは、
「 混濁した精神の病理的診断と良心の検閲による、中間的な何か 」 であり、
そして断然、喜劇だそう。

この映画は、
 “ブラックホール” の如く、あらゆる人生観を凝縮して作られ、
出来上がった作品は、 “ホワイトホール” の如く、良心も悪意も、理性も欲望も、
全てを放出しているかのように感じる。


不滅のシーンと言われているラストは、即興で作り上げたというから驚き。

 “無” から生まれたものは “無” に帰る。
映画製作という1つの終りとともに、1つの始まりを告げている。

抑圧からの解放、
明日への希望、
カオスこそが事実であり、祭りだ! という、
その力強さ。

フェリーニイズムに満ちた実直で自由な創造世界は、無限の広がりを見せている、、、

まさに芸術という言葉がふさわしい名作です!

詳細評価

物語
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音楽

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