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反撥 (1965)

REPULSION

監督
ロマン・ポランスキー
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3.89 / 評価:96件

象徴的なウサギ丸焼きと芽の出たジャガイモ

  • le_***** さん
  • 2020年1月28日 0時25分
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    • 総合評価
    • ★★★★★

監督:ロマン・ポランスキー、脚本:ロマン・ポランスキー、ジェラール・ブラッシュ、デヴィッド・ストーン(脚色・台詞)、原案:ロマン・ポランスキー、ジェラール・ブラッシュ、撮影:ギルバート・テイラー、編集:アラステア・マッキンタイア、音楽:チコ・ハミルトン、主演:カトリーヌ・ドヌーヴ、イヴォンヌ・フルノー、1965年、105分、モノクロ、イギリス映画、原題:Repulsion(反発)

ポランスキーにとっては、『水の中のナイフ』(1962年)の後の作品。本作品のあと、『袋小路』(1966年)、『吸血鬼』(1967年)、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)といった作品が続く。
カトリーヌ・ドヌーヴ、『シェルブールの雨傘』(1964年)の翌年、22歳のときの作品。

キャロル(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、姉ヘレン(イヴォンヌ・フルノー)とロンドンのアパートに暮らし、大きな美容室でネイリストをしている。キャロルには、彼女を慕うコリン(ジョン・フレイザー)がいるが、コリンのデートの誘いに、キャロルはなかなか応じない。
ヘレンには、妻子持ちの恋人マイケル(イアン・ヘンドリー)がいて、毎日のように泊まりに来る。泊まりに来た日は、決まって、夜には、ヘレンの喘ぎ声が聞こえてくる。
元々、キャロルには、ほとんど笑顔もなく、潔癖なところがあり、多少精神的に異常かと思われるような雰囲気があるが、ヘレンとマイケルが旅行に出て、アパートに一人になったあたりから、キャロルには、幻聴や妄想に襲われ始める。・・・・・・

いかんも、ポランスキー風味の作品であるが、『袋小路』のように不条理性があるわけではなく、『水の中のナイフ』のように、大胆にステージが動く会話劇でもない。
現在にも通じる撮り方で、若い女の精神崩壊を描いている点では、その後のこの手のジャンルの先駆けとも言えよう。

ほとんどのシーンで、キャロルが映るが、目の当たりの大胆なアップからバストショットが主で、やや食傷気味になる。オープニングもドヌーヴの右目のアップで始まり、ラストは、キャロルが幼女の頃の写真の目のアップで終わる。

脚本としては、キャロルが少しずつ精神の崩壊していくさまを描ければよいのだが、それを、キャロルにまつわる多くの会話や言葉で表現しなかったのは評価できる。映画だから映像で表現するのは当然なのだが、脚本の展開をよく理解して、カメラが丹念に動いている。
むしろ、こういう内容だからこそ、カメラが脚本の意図を汲んで、丁寧の動かざるを得なかったのであろう。
キャロルの表情やしぐさ、室内の調度品など、ところによっては、キャロルの目線でも動く。ラストで、カメラがパンしまくって、水をやらないから枯れ切った植木鉢などをナメたあと、キャロルの幼女のころの写真で止まり、その顔へ目へとズームアップしていく。

こうした映画では、カメラに映るモノに注意するとおもしろいのだが、例えば、ウサギの丸焼きは、始めから終わりまで、ストーリーにアクセントを置くものとして登場するし、放ったらかされたジャガイモは、時間経過とともに芽を出し、傷んでくる。

若いカトリーヌ・ドヌーヴにとって、抑えた演技は、いい訓練にもなったであろう。キャロルが笑うシーンは、一箇所しかない。また、キャロル姉妹はベルギー人という設定だが、フランス人であるドヌーヴが話す英語は、たどたどしい反面、ゆっくりと発音され、わかりやすい。これも演出の一種かも知れないが、偶然の産物と言うこともできる。

反撥というタイトルは、外界に対するキャロルの心の叫びと解釈できるが、さらに、男性不信やセックスに対する嫌悪感を表わしている。
いずれにしても、ポランスキーの個性が色濃く出た作品である。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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