レビュー一覧に戻る
ひまわり
上映中

ひまわり

I GIRASOLI/SUNFLOWER

1072011年12月17日公開

fns********

3.0

映画作品の色々な使い方のひとつとして…

物語としてのおもしろさ(ひとによってはおもしろくなさ)については、すでに多くの人によって言及されつくしています。それ以上に付け加える必要もないのだと思いますが、ひとつだけ、物語のリアリティについて、疑問視する声があるのでその点だけ。 つまり、ソ連戦線で瀕死状態だったのを現地の可憐な女性に献身的な救護措置を受けて、そのまま幸せな家庭を築いていたという点です。 この映画にプロパガンダ臭がしない、等という評価もありますが、とんでもない。この映画は、イタリアとソ連の関係を親密化しようとする政治的意図がその背景にあるわけで、立派なプロパガンダ作品です。 イタリアの第二次世界大戦での立ち位置は、日本人が一般的に考えるほどは単純ではありません。つまり日独伊枢軸国として、連合国に降伏し終戦を迎えた、というようなものではないのです。確かに、43年まではドイツとともに連合国と戦っていますし、対ソ戦もその一環ですが、その後、ムッソリーニが追放されて、レジスタンス主体の政権で第二次世界大戦を迎えます。なので、イタリアは敗戦国としての、米ソ等の連合国による敗戦処理の対象ではありませんでした。 日本はアメリカの占領の下で、「健全な民主主義の育成」の一貫として映画がその管理監督の下におかれ、冷戦構造の中では、反共産主義も徹底されます。 当時の分割された西ドイツでも同様でした。従って、そこではソ連抑留についての悲惨さ残酷さが強調されることはあっても、兵士と現地女性とのロマンス等を主眼とした映画の政策など困難だったわけです。 一方、イタリアは、敗戦国ではないということから、アメリカの経済援助は受けつつも、ソ連からの資金や政治的な影響も強く受けることになりました。端的に言えば共産党勢力が伸長しており、王制を廃止した後の47年の挙国一致内閣には、右派のキリスト教系政党と、共産党が連立をくんでいたぐらいです。その後も、イタリア共産党は、勢力を伸ばし、映画界でも多くの党員やシンパがいました。そういう中で、イタリアフランスソ連共同制作のこの映画がつくられ、初めて、「西側」により、ソ連の社会の一端が映像として流れた(国営百貨店とか、鉄道駅の近代的なエスカレーター等)のでした。 一旦戦後イタリアの生活を知ったアントニオが、ソ連に帰りたがるはずはない、とする評もありますが、映画政策の当時60年代の、経済状態は、日本同様に驚異的な高度成長をなしとげたとされるイタリアと、当時のソ連とで、豊かな西と貧しい東といい切れるほどの格差があったわけではなく、むしろ、労働者レベルをとりあげてみた場合には、ソ連の方が恵まれている(本当にそうかどうかは別として、映画中でも近代的なアパートができて労働者が引っ越す等のシーンが描かれる)こともあったかと。 こういうことを考えると、メルヘン的な設定も、プロパガンダによるのだとすれば納得がいくし、イタリア現代史の断面を知るという、一定の利用価値があることになります。 設定の設定ということを考えれば、なお、そういった意味でのメタなリアリティを楽しめる作品でもあると言えるでしょう。

閲覧数7,493