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ビリディアナ (1960)

VIRIDIANA

監督
ルイス・ブニュエル
  • みたいムービー 29
  • みたログ 86

4.09 / 評価:45件

最後の晩餐

  • kinchan3 さん
  • 2016年10月19日 13時26分
  • 閲覧数 1301
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

 「ベガーズ・バンケット」というのはローリング・ストーンズの曲で、富山にこの名前の店ができた時はうれしかった。
 乞食が集まって、なけなしの食べ物で宴会をするというのはとってもよさそうだ。
 黒澤明の『どですかでん』でも残り物を集める親子が出てくる。
 いつか行こうと思っていたのだが、お店の方はすぐに潰れてしまった。
 経営者は「ベガーズ・バンケット」を楽しんでいるのだろうか?

 食と性は二大欲である。ともに切っても切れない関係がある。
 『最後の晩餐』という、食べまくり、しまくる映画があったくらいだ。
 
 この映画の彼岸にあるのがブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』である。金持ちがごちそうを楽しもうとすると、邪魔が入るという映画だ。
 性を扱った映画ではドヌーヴの出た『昼顔』がある。
 これらの映画で三角形をなしているように思える。

 ビリディアナの罪はきれいなことだ。
 心もきれいなことだった。
 だから、疑いを持たない。
 自殺は一番の罪なのに、自分が原因の一つで叔父を自殺に追いやった。
 だから、一から出直したのに。

 キリスト教のお祈りが何度も出てくるのが皮肉だ。
 宗教に固まった人は、ほとんど無宗教に近い僕にとっては不寛容で、どうしようもないと思える。
 ジョンソン博士の有名な言葉は「地獄への道は善意で舗装されている」というものだ。
 善意の人ほど始末におえない人はいない。
 「だって、あなたのために」といわれたら、返す言葉がなくなる。
 O・ヘンリーに「魔女のパン」というのがある。安いパンしか買わない男にバターたっぷりのパンを替えて売る女性の話だが、男は画家で消しゴム代わりにパンを使っていたのだった。
 宗教家の多くも善意の人だ。

 それにしても、ひどい結末で、言葉が出ない。
 監督だって、この後は描きたくないだろう。
 『昼顔』がある意味、この続編かもしれない。
 別の監督で続編の『夜顔』も作られている。
 女性はどう堕ちていくのか、というのがブルジョワジーの密かな愉しみなのかもしれない。
 だから、映画監督は美人女優を「汚れ役」にして、好きなように撮っている。
 鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』に「腐りかけの桃が一番おいしい」というセリフがあるとおりである。

 最後の晩餐で、キリストはパンを自分の肉、ワインを自分の血とせよ、といったが、これほどマゾヒスティックで、カニバリズム的な言葉はないだろう。
 そこから、キリスト教は…と仏教徒の端くれは思うのである。

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