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風雪の太陽 (1973)

SUTJESKA

監督
ステェイペ・デリッチ
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2.67 / 評価:3件

ユーゴのパルチザン物。

ユーゴスラヴィア,チトーの肝いりで国家的規模をもって製作した聖林製共産主義プロパガンダ映画
主題曲はキス・テオドラキス、雅典と巴里で音楽を学んだ交響曲から流行歌までこなす希臘における20世紀最大の音楽家と言われる作曲家。1969.Zのテーマは名曲です。
60名編成のロンドン・オケ 。米国製戦争物と違い、耐え偲ぶような地味な音楽。

チトーの最大の業績、それは民族同士の虐殺合戦の責任を全てナチスに被せ、 戦後表面上だけでも各民族が共存する環境を作ったことです。 ナチス侵攻後、クロアチアの全体主義政党「ウスタシャ」がセルビア人を大虐殺しました。 それに対しセルビア人パルチザンは、クロアチア人をゲリラ戦でこれまた大量虐殺したのです。 戦後、政権を奪取したチトーパルチザン側はこのままでは連邦国家を形成できない、また復讐合戦が 始まることを恐れ、これら虐殺の責任をナチスに押し付けることによってそのような状況を回避 することにしたのです。 強制収容所に入れられたナチス将校は、その階級に応じて虐殺した人数の割り当てを決められ それの自白と作成された調書への署名を陰惨極まる拷問によって強制されたのです。 例えば大佐なら200人、中佐なら150人の虐殺作戦を命令したというようにです。 チトーはこうして集めた自白を根拠に独逸に賠償金の支払いを求めました。チトー死後、真相を本当は知っていた各民族はタガが外れ、結局昔ながらの民族対立に戻ったのです。 このような状況は他国でも同様で、波蘭土などではかなりの数の猶太人虐殺が 波蘭土人の手で行われたのですが、それらも近年まで全て ナチスの手によるものとされていました。

クロアチア、スロベニアとセルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェネグロとの間に大きな経済格差があったことが内乱の原因豊かなクロアチア、スロベニアに対するセルビアの妬みが、クロアチアにおけるセルビア人に不利な憲法制定を機に爆発した。チトーは各民族間のバランスを取る為に、クロアチアでのセルビア人登用などの調整を行ったが、社会主義国家の崩壊とともに、チトーの政策が仇となった内乱に突入した。

詳細評価

物語
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音楽

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  • 勇敢
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