フェイシズ

FACES

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フェイシズ
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作品情報上映スケジュールレビュー

本編配信

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作品レビュー(15件)

悲しい26.7%絶望的13.3%かわいい13.3%切ない13.3%かっこいい6.7%

  • le_********

    2.0

    展開にあらたなアイデア持ち込みメリハリもたせたが、結局ドミュメンタリー映画に

    監督・脚本:ジョン・カサヴェテス、製作:モーリス・マクエンドリー、撮影:アル・ルバン、編集:モーリス・マクエンドリー、アル・ルバン、美術:フェドン・パパマイケル、音楽:ジャック・アッケラン、主演:ジョン・マーレイ、ジーナ・ローランズ、1968年、130分、配給 Continental Distributing、原題:Faces 映画製作会社の社長(と思われる)リチャード・フォースト(ジョン・マーレイ)は、女友達で娼婦のジーニー(ジーナ・ローランズ)宅に行き、友人フレディとともに酔っ払って大騒ぎしてじゃれ合う。フレディのひと言で気まずくなった二人は帰る。フレディが帰ると妻マリア(リン・カーリン)は長電話していたが、それを切らせ、食事する。マリアは、知り合いの夫が、夜な夜な寝言まじりに、愛人の女とセックスする夢をみるようだ、と話し、二人は高笑いをする。 翌日もまたリチャードはジーニー宅にいた。マリアは友人たちとディスコに飲みに行き、そこで知り合ったチェット(シーモア・カッセル)を自宅に呼び、ひと夜を過ごす。翌朝マリアは、自責の念から睡眠薬を飲んで倒れていた。チェットは薬を吐き出させ、介抱していた。そこに上機嫌で朝帰りしたリチャードは、窓から男(チェット)が逃げていくのを目撃し、マリアを責め立てる。しかし、もはや、二人の絆は元に戻ることはないことを暗示して、映画は終わる。 大筋はこんなところであり、そこにさまざまな状況やら会話やらが修飾されている。冒頭に、リチャードを中心に、映画の試写会が催されるシーンがあり、その映画が本作品の本編となっている。 俳優であったジョン・カサヴェテスが製作したはインディペンデント映画、つまり自主製作映画である。自主制作映画は予算に限りがあるため、まず、どうしてもロケ地やカメラワークに制限ができる。本作品もカサヴェテスの自宅をはじめ、室内シーンがほとんどで、カメラも全シーン、手持ちカメラで撮っている。手持ちだけの映画は、観ていて大変疲れるうえに、この映画の言わんとする内容からして、登場人物の顔面がフレームいっぱいに映し出されるシーンが多い。そうした制約があるために、勢い圧倒的に台詞の数とその応酬が多く、一人の人物が話し続けるシーンが多い。これが第二の特徴だ。しかも、監督が脚本を兼ねる場合には、勿体なくて自ら考えだした台詞やシーンをあまり削ることをしないので、上映時間も長くなりがちだ。自主制作映画には、こうした特徴がある。 本作品は、自主制作映画の典型であるが、軸となるストーリーに根幹があるだけマシである。リチャードとマリア夫婦の絆がどうなるか、ということで、それをいきなり出さず、酔っ払っての大騒ぎを長々とスタート直後にぶち込んだのは、あとで本筋を浮かび上がらせる意図があったからだろう。この展開はうまい。しかし、どんな大騒ぎも高笑いも、結果的に、この夫婦の溝を埋めることはなく、階段でのラストに象徴されるように、夫婦それぞれの相手に対する愛情は、階段の段差のように揃うことはなかったということだ。 自主制作映画は、以上のような理由からして、ほとんどの作品は、単なる自己満足映画に終わることが多い。本作品は、おそらくその危険性をわかって作られたものだろう。あるいは、自主制作でなければ、このような映画を撮ることは難しいと判断したのかも知れない。タイトルは Faces であるが、内容としては Phases でもよかっただろう。自主制作の強みを活かして、これだけ人物のアップを多用することで、制作意図が伝わるというものだ。 夫婦でありながら、または娼婦であっても、人に対するには、その間柄、シチュエーションなどにより、人間は相手にさまざまな表情を見せる。その相手が、妻であり、夫であり、愛人であり、客であっても、表情というのはひと通りではない。上辺を取り繕うときの表情もあれば、ホンネを剥き出しにする表情もある。この映画で監督が言いたかったのは、まさにそのあたりであろう。それだけに、登場する俳優の多くは、その表情に多くのヴァリエーションを作らなければならなかった。例えば、特に、ラスト近くのジーニーも涙は演出が効いている。リチャードと夜を過ごしたあと、キッチンから戻るとき、ジーニーはひと筋の涙を流す。好きではあっても、妻のいる男であることを思い知らされたからであろう。愛人にとっては、ともに過ごした翌朝の別れは辛いものがあるのだ。 130分の尺はやや長いのではなかったか。台詞といっしょで、上に述べたように、撮ったフィルムも、あまり削りたくないというのが自主制作の特徴である。言わんとすることが、観る側にきちんと伝わるか、そして採算がとれるか、評判がどうなるかが心配なのである。 本作品は、ストーリー展開にあらたなアイデアを持ち込み、メリハリをもたせた点は興味深いが、エンタメ性は特に味わえず、自主制作の落とし穴、つまり、ドミュメンタリー映画に陥ってしまったのもまた事実である。

  • 豊崎久美

    3.0

    アメリカの闇。

    「アメリカの闇」は未見なのだけれど。 娼婦を蔑視する買う男、破綻した夫婦関係、老いや死への恐怖。 現在起こっている諸問題から目を逸らすかのように、騒ぎに興じる大人たち。 古い映画だけれど、扱っている題材は現代的かも。 ジーナ・ローランズは、整った美人というより雰囲気美人。 この監督の作品は、初見なので他も観ると又、別の感想も感じるかも。

  • ken********

    3.0

    酔っ払った登場人物が騒ぎまくり

    中年のある夫婦の36時間。 酔っ払った登場人物たちが騒ぎまくりですね。 時折、誰かのセリフで、場が凍る瞬間が緊張感あふれる。 夫婦なんて、あっという間に決定的になってしまうね。 

  • 一人旅

    3.0

    放置プレイ 百害あって 一利なし

    ジョン・カサヴェテス監督作。 【ストーリー】 夫リチャードと妻マリアの関係は崩壊しつつある。ある日の夜、リチャードは娼婦ジェニー(ジーナ・ローランズ)と遊ぶ一方で、マリアは友人らと共に行ったディスコで出会った青年チェットと過ごすが・・・。 自宅でのリチャードとマリアの会話は素っ気なく愛のないものだ。二人とも愛を得たいがために浮気に走るわけだけど、夫と妻それぞれの浮気相手との関係にもやはり愛は感じられない。 狂乱的に騒いでその場その時を楽しめたとしても、結局はどこか虚しさを感じざるを得ない。二人の行動は現実逃避に近い。愛のない我が家に帰ることを恐れて、外に愛を求め彷徨う。お互いが真剣に向き合おうと努力しないがゆえに、やがて二人の関係は取り返しのつかないレベルにまで達してしまうのだ。 現実に向き合う勇気を持てなかった二人の人間が辿る末路を淡々と描いている。 後回し・見て見ぬふりをするのは人間の悪い癖だ(自分もそうです、ごめんなさい)。 これは何も男女間の愛に限ったことではないと思う。

  • ********

    5.0

    大人の映画

    1968年。ジョン・カサヴェテス監督。結婚14年で会話は楽しいが愛が失われた夫婦。夫は出会った高級娼婦に真実の愛を見出して妻に離婚を言い出し、妻は女友達と出かけたダンスバーで若い男に惹かれていく。壊れゆく夫婦の擦れ違いが階段だけで描かれるラストはすばらしい。 男も女も中年になって自分の人生を振り返り、やり直そうとしたりしがみついたりする。男たちの息抜きとしての買春にあらわれる不思議な若い女性。結婚制度と男性社会に浸り切っている妻たちの前に現れる享楽的な(だが無償に親切な)若い男。無駄に思える長く表面的なシーンの背後に流れている悲しみ。なんだこの豊かさは! 「SHADOWS」でもそうでしたが、ここではさらに精神分析が念頭に置かれていて、分析的な会話とそうでない会話が対比されています。常に乾いた笑いを浮かべているシニカルな主人公の男(ジョン・マーリー)とその妻(リン・カーリン)、娼婦(ジーナ・ローランズ)だけでなく、すべての登場人物たちの姿が過不足なく丁寧に、しかも分析的にならずにひとつひとつの会話や行動で描き分けられているのは奇跡のようです。この映画がわかるというのは大人である証拠ではないか。

スタッフ・キャスト

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受賞歴

ヴェネチア国際映画祭第29回

男優賞イタリア批評家賞

基本情報


タイトル
フェイシズ

原題
FACES

上映時間

製作国
アメリカ

製作年度

公開日
-

ジャンル