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イノセント (1975)

L'INNOCENTE

監督
ルキノ・ヴィスコンティ
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3.96 / 評価:71件

人が持つ危うい心を凝視した大傑作

ルキノ・ビスコンティ監督の作品レビューを書き込むのは「若者のすべて」「ルートヴィヒ」に続いて3作目だ。今回取り上げるのは監督の遺作となった1976年の『イノセント』。日本では79年の3月に公開され、この年のキネマ旬報ベストテンで外国映画の4位に選ばれた。私は本作を「家族の肖像」と二本立てで名画座まで観に行った。
前年の秋に公開された「家族の肖像」が大変な話題で、日本ではビスコンティ監督のブームが起こった。その後未公開だった旧作の上映が相次ぎ、「若者のすべて」「山猫」などのリバイバル公開も続いた。監督が手がけたすべての長編映画が日本で公開されている。

初めて観たときは「家族の肖像」を観終わって精神的に疲れてしまい、せっかくの名作を楽しむどころか「早く終わってくれ」としか思えなかった。しかし現在の目で改めて観るとめっぽう面白い。映像の美しさ、役者の演技、深遠なテーマ・・・、当時は気付かなかった色々な所に目が行き、退屈するどころではない。昔の私の目は節穴だったのかと思うが、同じ作品を再見することで良さを見直すのも、映画を観る醍醐味であろう。

オープニングは本のページをめくる場面がアップで映される。この本が原作であるガブリエレ・ダヌンツィオの「罪なき者」であろう。次の場面は着飾った貴族たちが集うコンサートの場面で、本作のメインキャラであるトゥリオ伯爵(ジャンカルロ・ジャンニーニ)、妻のジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)、トゥリオの愛人である未亡人テレーザ(ジェニファー・オニール)が登場する。映画が始まって5分ほどで、観客は3人の関係性を理解できるのだ。

ファーストシーンでは赤や黄金色を基調とした華麗な色彩、テレーザの人並み外れた美貌(これではトゥリオが夢中になっても無理はない)に目を奪われる。ジュリアーナは紫色のドレスを着ており、真紅の衣装が大多数の招待客の中で地味な装いである。ジュリアーナは全編通じて悩み苦しむ場面が多いが、辛い感情を発露した果てに芯の強さを垣間見せる瞬間がある。演じるラウラ・アントネッリの魅力すべてが本作に凝縮されていると言っていい。

トゥリオはジュリアーナを妹のように愛していると言うが、夫婦の愛情は醒めきっている。テレーザと付き合っている事を公言し、ジュリアーナは半ば諦めている様子だ。なぜこんな事になったのか。ジュリアーナがかつてトゥリオの子供を流産したせいか、トゥリオが無神論者で宗教観が合わないせいか、貞淑なジュリアーナにない物を自由奔放なテレーザに見出したのか。
トゥリオは平気で不貞行為を働くくせに、妻が寂しさのあまり他の男に心を奪われるのを我慢できない身勝手な男だ。そんなすれ違いが取り返しのつかない悲劇を呼んでしまう。こんな『イノセント』とはかけ離れた人々のドラマに心惹かれるのは、自分にも彼らと共通する部分がある事を感じるためだ。つまり映画を通して色々な自分と対話しているのだろう。

本作で目を惹くのは、登場人物の心情が一瞬で変わるシーンが多いことだ。例を挙げると、母親(リナ・モネリ)から妻の妊娠を聞いたトゥリオが、表情を動かさないまま涙を流す場面。無事誕生した男の子をトゥリオに見せた産婆さんが、彼の反応を見て笑顔を曇らせる場面。そしてクリスマスの礼拝に参加したジュリアーナが、赤子の世話をしているはずの使用人がいるのを見て不安そうな顔をする場面などである。
ビスコンティ監督は当初、アラン・ドロンとロミー・シュナイダーの出演を望んだという。確かにラスト近く、暖炉のそばでトゥリオがテレーザを見上げるシーンは、演じるジャンニーニの顔がドロンのように見える瞬間があった。それにしてもイタリア人は信心深いイメージがあるが、20世紀初頭のイタリアで、トゥリオのように完全に宗教を無視するなんて事ができるのだろうか?

ストーリー以外で興味を持った事を挙げてみると、貴族社会の豪華絢爛な文化にはやはり目を奪われる。逆に彼らはどこから収入を得ているのか興味を持った。私の想像では、先祖代々から受け継いだ広大な土地を、小作農などに貸して賃貸収入を得ているのではないか。これで連想したのは同じ年に公開されたイタリア映画「木靴の樹」である。
「木靴の樹」は貧しい小作農たちの愛情豊かな生活が描かれていた。『イノセント』では生まれた赤子を故意に死なせてしまう場面があるが、「木靴の樹」では孤児になった赤ん坊を、農民の新婚夫婦が引き取って我が子として育てる場面がある。この場面を比べてみると、幸福というものは経済的に恵まれているかどうかとは関係ないのだと思う。
本作を観た後は、パートナーがいる者なら相手をいっそう思いやり、独りの者なら人恋しくなる。赤子殺しという殺伐とした場面が描かれるものの、無償の優しさこそ素晴らしい物ではないか、そんなメッセージを感じる映画であった。

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