レビュー一覧に戻る
ブルグ劇場

ブルグ劇場

BURG THEATER

123

gar********

4.0

老いらくの恋の行方は…?

19世紀後半のウィーン。この街で最も格式のあるブルグ劇場の老優ミッテラー(ウェルナー・クラウス)は、大の人嫌い。ウィーン中の人々に尊敬される名優でありながら、私生活では、ほとんど人づきあいもせずに召使と二人で暮らしている。そんなある日教会で見かけた若い女性レニ(ホルテンゼ・ラキー)に一目ぼれしてしまう。だが彼女には、好きな俳優志望の青年ライナー(カール・エズモンド)がいて… 1930年代のドイツ・オーストリア映画で、ドル箱と呼ばれたジャンルが19世紀から20世紀前半までの平和で華やかな時代のウィーンを描いた、「古き良きウィーンもの」といわれるジャンルです。『会議は踊る』『未完成交響楽』『たそがれの維納』などが、よく知られています。この1937年制作の『ブルグ劇場』もそんな「ウィーンもの」の一つです。 名声と実力を兼ね備え、年も相応に重ねた男が若い娘に夢中になってしまう…というとディートリッヒの『嘆きの天使』の教授のように、最終的には若い男に女性を取られてしまい、みじめな姿をさらす…という姿を思い出しますが、この作品は相手を思って潔く身を引く老優ミッテラーの潔さと気品が印象的でした。 そんなミッテラーを演じるのは、ヴェルナー・クラウス。ドイツ・サイレント映画の伝説的作品『カリガリ博士』で眠り男を操るカリガリを怪演した人です。本来舞台人でもあるこの人は、当時のドイツ演劇界の大御所としても知られ、この映画が製作された当時はドイツ(言わずと知れたナチス政権)において『国家俳優』という称号を与えられていたほどの人でした。そういうわけで、この役はまさに彼にうってつけ、本領発揮といった所です。俳優として、舞台で格調高く演技をする所も良いですが、やはり個人的に好きなのは、レニに恋する男の姿を演じる所。彼女に会うために、めったに出向かない洋服を仕立屋(レニの父)の店に出向いたり、めったに行かない野外レストランでデートをする…まさに「心は、20代」になってしまったミッテラーを実に巧みに演じています。謹厳実直な名優が、このように変貌する姿は、実に可愛らしく、見ていて笑顔になれました。 しかし、この映画で最も素晴らしかったのはレニにミッテラーが解雇の危機にさらされたレニが思いを寄せる俳優志望の若者ライナーを助けることを頼まれた後、ショックと心乱れた状態で舞台で演じるシーンです。ミッテラーが演じているのは、ベートーベンの第九の詩『歓喜に寄す』を書いたことで知られるシラーの戯曲『ドン・カルロス』のスペイン国王フェリペ2世。このフェリペ2世もこの映画の筋立てのように、年の離れた妃を若い実の息子と取り合うことになる…という役柄です。権力の中心にありながら、家族にも愛にも恵まれぬ孤独で悲しい独裁者が息子を支持する群衆の声を聞いて、「私は無力な老人」という所を、ミッテラーが演じるのです。この芝居と映画のストーリー展開のシンクロぶりの見事さは、さすがです。『ドン・カルロス』では、息子を支持する民衆の騒ぎを若い士官が王に知らせ、それを聞いたフェリペ2世が「私は無力な老人だ」というセリフを吐きます。映画でこの士官を演じているのがレニの恋人ライナー。若くりりしい若者を見た、老いた男の実感が実によく表現されていて、見ごたえあるシーンになってました。 老優の老いらくの恋を、格調高く描きだした作品。名優・ウェルナー・クラウスの演技に感服します。 <ヴェルディの『ドン・カルロ』> シラーの『ドン・カルロス』は、ジュゼッペ・ヴェルディが1867年に『ドン・カルロ』というタイトルでオペラ化しています。ヴェルディは、この作品でのフェリペ2世(イタリア語読みでは、フィリッポ2世)への深い思い入れがあったらしく、この役のために美しいアリアを多く書いています。その中での白眉は、「一人さみしく眠ろう」です。妻にも愛されず息子にも背かれた国王がただ一人思いを吐露する一曲。権力者の孤独を表現する演技力と深く響く喉を歌い手に求める傑作アリアです。

閲覧数255