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僕の村は戦場だった (1962)

IVANOVO DETSTVO/MY NAME IS IVAN/IVAN'S CHILDHOOD

監督
アンドレイ・タルコフスキー
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  • みたログ 219

4.07 / 評価:76件

復讐のかわりに在るはずだったもの。

  • えいみー さん
  • 2010年5月8日 23時51分
  • 閲覧数 810
  • 役立ち度 8
    • 総合評価
    • ★★★★★

「戦争」という言葉の意味する中に存在する数えきれない悲劇の1つ。
多感で純粋無垢な子供たちにもたらす影響は千差万別、それを描いた作品も数多くあります。中でも、私にとって秀逸な作品の1つがこの「僕の村は戦場だった」です。

戦争で両親と故郷を失った少年イワン。
彼はドイツ軍への復讐心に燃え、若干12歳でありながら中尉直下の指揮の下に諜報活動をこなしていきます。
作品は煌びやかな自然を背景に少年らしい笑顔で戯れるイワンの姿で始まりますが、一転、戦場に身を置く現在の彼の表情に、あどけなさはあってもその頃の少年らしさは存在せず、「復讐」という2文字のみが彼を動かし、燃やし、生かせているのだということが少年の言動や表情の節々から痛切なまでに伝わってきます。
この作品の主要人物は少なく、彼を取り巻く大人たちはそれぞれにイワンを気にかけ、心配し、そして愛しています。イワンを心配するからこそ戦地から彼を遠ざけようとし、まともな場所でまともな教育を施させようとし、それも無理ならば最後まで面倒みようと決めているのです。
大人たちのこの、イワンを想うが故の処置の取り方も理解ができるし、それを頑なに拒み「復讐」を遂げようとするイワンの執念もまた理解ができる。両者のそんな対立する姿は観ていて胸が痛みます。

イワンを突き動かすもの。
それは「復讐・・・復讐なのだと突き付けられるものの1つがこのシーン。
借りたナイフでドイツ軍を捕え復讐を果たすシミュレーションを行うイワン。幼いながら数知れない苦境と戦場を生き抜いた彼が高揚とする姿は、後にも先にもここのみです。感情が高ぶって涙まで流します。
めったに感情を高ぶらせないイワンだけに、ここのシーンは印象強いです。

またこの作品は、イワンの夢や回想という形で、平和だった頃の彼の村とその日常が繰り返し間に挟まって流れます。
彼が現在身を置いている環境や、そうなるまでに至った背景、彼の冷淡さと復讐にのみ生きる姿との対比にこれらのシーンは実に見事な働きをしています。
何よりイワン役を演じた少年が巧いんでしょうね。イワンの表情は昔と今とではまるで違う。ここでまた、「戦争」というものが彼に与えた計り知れない悲劇が窺えるのです。

そんなイワンの生涯は1枚の写真によって知らされます。
戦争によって天涯孤独になったイワン。
「復讐」にのみ生き、その笑顔も、少年らしさも、無邪気な時代も全てを捨て去り敵地に身を置いた1人の少年の最期にはふさわしい言葉など何も浮かんではきません。
友人と戯れ、はちきれんばかりの笑顔で思いきり海辺を走るイワンの姿で映画は幕を閉じますが、戦争さえなければこの姿は現実のものとしてそこに在るはずだったのです。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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  • 絶望的
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