ボヴァリー夫人

MADAME BOVARY

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ボヴァリー夫人
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(3件)

ロマンチック22.2%知的22.2%セクシー11.1%不気味11.1%絶望的11.1%

  • みゅう

    5.0

    見事な描写が印象的でした

    生まれ育った農村の実家、暗い室内に居るエマ、窓の外には何やら明るい外界が広がっている。何を伝えたいのか鈍い私にも、ウ~~ン分かる感じします。 華やかな舞踏会で豪華な鏡に映りこんでいるドレスアップした自分の姿、「求めていた世界が見つかった」…とばかり、、誇らしげに見つめ入るエマ。 物語が進んでいくと、一転して安宿のヒビ割れ汚れた鏡に映り込む苛立たしげなエマ。 ウ~~ン、見事。恐ろしいほど感じます。 アステア・チャリシーの「バンドワゴン」を創ったほどの監督さん、舞踏会のシーンの見事さは半端でない。素晴らしい動感、明るさ、華やかさ。 しかしあのワルツのダイナミックな編曲は明らかに20世紀の映画音楽的。あんな編曲が1850年代の欧州社交会にある訳がありません、これはちょっと勇み足か。 でも、シーンは素晴らしく、ソ連映画の「戦争と平和」の中のナターシャの社交界デビューの見事な舞踏会シーンに比肩できる。 というか、この映画の撮影技法をそのまま借用されたような気がしてきます。 何と言っても原作がいい。 誠実だが凡庸な夫と夢のない片田舎での現実生活。 自分が求めているのはこんな生活ではなかったはず…と、焦燥感を募らせる美しき若き人妻。 大都会の洒落た生活、美しいドレス、いい男との恋愛、不倫…。 ああ、必然の力に導かれるようにエマは堕ちていく。 「アンナ・カレニナ」もいいけど、「ボヴァリー夫人」もいいですね。 ジェニファ・ジョーンズもちょっと演技し過ぎの感もあるものの、物語に深みと格調を沿える見事な演技を見せてくれます。 それにしても、フローベールやトルストイが描くとわがままの人妻の不倫騒動が、何故にこれほどの深みをもって、人生の深淵を覗かせる物語になってしまうのでしょう。本当に不思議です。まっ、だからこそ天才と言われて歴史に名を残すのでしょうが…。 これが現代の日本の不倫物語となると、渡辺淳一の「失楽園」などに見られるように、すぐ下半身がどうのこうの…となってしまいます。フローベールやトルストイは人生の問題、心の問題を描いてきているのですよ。 現代作家は小説も映画もすぐ下半身の問題にしてしまう、何故…?。 脱いで大胆にSEXシーンを演じたからって、何だっていうのよ!。阿呆らしっ。 現代文化に漂うこのレベルダウン感、話にならないよ…。

  • ********

    5.0

    物語では救われない

    1949年。ヴィンセント・ミネリ監督。フローベール原作の小説をミュージカル映画が得意なミネリ監督が作品化。物語の世界にあこがれるエマ(ジェニファー・ジョーンズ)は夢のような人生を求めているが、現実は次々と裏切っていき、、、という話。最初と最後に、この小説が道徳を乱すとして裁判にかけられたフローベールの語りがある枠映画。「エマの生きざまは人間の真実であり、真実のない道徳は道徳ではない」という彼の主張に挟まれる形で映画が進行しています。ガラスからの外光を背景に「真実」を語るフローベール。光を背にしたこの構図こそ「真実の語り」の構図。 人生は退屈であり、それを打開しようとして美しい物語のように生きようとしても、それは悲劇にしかならない(金にも愛にも終わりがある)という話ですが、ジェニファー・ジョーンズの表情に力がありすぎて、夢に吸い寄せられて我を忘れていくエマの悲劇ではなく、自らの意志でむさぼるように欲望を追求するエマの悲劇、に見えてしまいます。いまいち肩入れしにくい、というか。。。 カメラはほとんど動かないしカットも少ないなか、舞踏会の場面が一番いい。くるくるまわるエマのダンスを回りながら撮ったり、鏡の自分にうっとりするエマを撮ったり、ウロウロするエマの旦那シャルルを流れるように追いかけたり。「ボヴァリー夫人」の映画はたくさんあるので、比べてみるのも一興かも。

  • gar********

    5.0

    ただただ見事

    農家の娘エマ(ジェニファー・ジョーンズ)は、「シンデレラ」を夢見る若い娘である。そんな彼女は、父の治療にやってきた医師シャルル・ボヴァリー(ヴァン・ヘフリン)と恋に落ち結婚。ゴージャスで刺激のある結婚生活を夢見た彼女だが、現実は違っていて… 1850年代、日本でいえばもうじきペリーが来航し激動の幕末~明治の動乱が始まろうとしていた頃。フランスで非常に物議をかもし、裁判闘争に発展した小説がありました。それが、ギュスターヴ・フローベル(ジェームス・メイスン)の『ボヴァリー夫人』です。19世紀のヨーロッパ社会で女性は、「家庭の天使」であり、良妻賢母であることが求められていました。そんな時代にフローベルが描いた女性像は、「夫を軽蔑し、不倫に走り、そして子どももほったらかし」という当時の基準を大きく逸脱したものでした。この映画は、作者フローベルが裁判にかけられ、その弁論の場でヒロイン・エマの人生を語る形式で展開されます。 まずこの映画の魅力はまず脚本。原作の小説は、なかなかの長編です。それをそのまま映画化するのは、事実上不可能です。そこでエピソードの取捨選択とキャラクター設定の変更が求められます。さらに、この映画が製作されたのは1940年代後半。つまり映画において倫理規定が存在し、ベットシーンなどがご法度だった時代です。そんな制約の中でも、作品のエッセンスを余すところなく伝え、主人公の心理を巧みに描き出せた脚本に感服します。 さらに素晴らしいのは、演出。特に、エマとシャルルが治療した侯爵の館ヴォヴィエサールの舞踏会に招かれるシーンです。この小説において、舞踏会のエピソードはエマの人生を決定的に変える出来事です。つまり、それまでは小説や雑誌でしか見ることができなかった憧れの舞踏会や上流社会を現実に見てしまうことになります。「やっぱり私が憧れる世界が存在するんだ!」「こんな生活をしてみたい!いや、私にはその価値がある」というエマの思い(見る人から見れば妄想かも)が、華やかなで軽薄なシーンとマッチして、見事に描かれていました。このシーンの後からエマは、現実と理想のギャップを埋めようと、転落していくことになります。実に甘美で危険な舞踏会のワナにハマった女性の心理に注目して見ると、おもしろいと思います。往年のハリウッドのパワーを感じさせるゴージャスさも含めて実に見ごたえのあるシーンです。 そして、この映画は美人演技派女優であるジェニファー・ジョーンズと脇を固める男性陣の演技での勝負も見ごたえがあります。特にジョーンズ。この時代の彼女は、まさに「鬼に金棒」の絶頂期です。彼女の演技は、文句なく優れたものです。夢見る若い娘、理想と現実のギャップに直面した家庭の主婦、そして背徳の愛に走った妖艶で危険な女(ルイ・ジュールダンのロドルフいわく「あなたは恐ろしい」)の姿まで、七変化的な演技は、名女優の面目躍如です。この作品を観賞する方は、ぜひ彼女の仕草に注目してください。いかに彼女が優れた演技者であるかがわかります。特にぞっとさせられたのは、朝窓の外を見て自分の近所に住む人々の行動をエマが語るシーンです。私は、あのシーンにエマの抱いた不満や単調な生活への憎しみをじかに感じて、ゾッとしました。全身から漂う自分の現実への嫌悪感が、リアリティがあって凄かったです。 そして、脇を固める男性陣。この場合は断然夫シャルルを演じたヴァン・ヘフリンです。最初気がつかなかったのですが、この人は、後に『大空港』で機内にダイナマイトを持ちこむ精神を病んだ男性を演じていた人です。ジャン・ギャバンのお仲間のようないかつい顔立ちが忘れられない俳優さんですが、ここでも光るものを見せてくれます。映画の男性陣の中で、ジョーンズの凄まじい名演を受け止め自分も存在感を発揮していけるヘフリンにも注目です。 文学史に残る名作を、巧みな脚本と強力キャストで描いた文芸大作。今までDVD化されていなかったのが不思議なぐらい。ただただ見事です。 <ハンサムでもない僕が…> 存在感あふれる演技を見せるヴァン・ヘフリンは、決してハンサムな人ではありませんでした。MGMの創始者ルイス・B・メイヤーは、彼に「映画の最後で女の子をゲットするようなタイプではないな」と面と向かって言ったそうです。だからこそ彼は、演技に磨きをかけました。彼は、映画だけでなく舞台でも活躍しますがそれは演技力の賜物でした。そんな彼自身の残した言葉は、「ハンサムでもない僕が、芝居も下手だったらどうしょうもない」だったそうです。

スタッフ・キャスト

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基本情報


タイトル
ボヴァリー夫人

原題
MADAME BOVARY

上映時間

製作国
アメリカ

製作年度

公開日
-

ジャンル