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マルメロの陽光 (1992)

EL SOL DEL MEMBRILLO/THE DREAM OF LIGHT

監督
ヴィクトル・エリセ
  • みたいムービー 55
  • みたログ 90

3.65 / 評価:17件

無常、それが美の創造主

  • und***** さん
  • 2008年3月27日 0時47分
  • 閲覧数 677
  • 役立ち度 7
    • 総合評価
    • ★★★★★

前半寝た。
このマルメロの木の上の方に陽が射して、そこを描きたい、とても美しい、でもそれは1日のほんの一時だけ、まさに刹那。
とても詩的だけど、一面、とてもわかり易い映画ともいえる。絵画の技術論(構図、中心に主題、シンメトリ、色、「もっと全体を!」等)をぶつ登場人物のセリフは監督の言葉だったと思うし、老いてさらに精力的に仕事をするのも監督にダブる。
中国人女性との会話は感動的だった。いっきにいろんなことが展開したシーンだった。対象に深い愛情を持てば、その対象の実物そのものが一番大事なんだけど、でも絵に写しとりたい、でもそれは叶わない、というもどかしさ。そこで徹底して技術的にこだわる、でも叶わない。対象は形を変え、色を変え、朽ちていく、まさに無常。対象物だけでなく”光”もまたさらに早い変化をみせる。美しいときはほんの一瞬、刹那。人間の絵筆の進み具合は光のひとときに追いつくことはない。マルメロに陽光射す素晴らしいとき=デキゴトはモノ(絵)としてとどめることはできない。永遠の不可能性がそこにあるのがわかっていてなお行為を続けるのはなぜだろうか。そういったことを問いかけられたような気がする。
また、あるシーンで、いとおしいマルメロの木を描く穏やかな世界と、戦争や雑踏の世界は同時に存在しているということが描かれていた。彼の死期間近(だと思う)、現実のこの世界とあの世とのあい間、境界世界が、あの彼が絵を描いていた世界、書きたかった世界だったような気がする。最後の方で彼は死んだのだ(と私は思う。死んでなくて寝てただけという人もいる)。彼自身うっすらと死期を感じていたのだろう。それでマルメロを描き急いでいたのだ。「また来年だ」とは言いながら「これが最後かも」と思っていたにちがいない。(妻もわかっていた。だから彼の絵を描きなおそうとしなかった)。油絵をあきらめても素描をした。実が落ちはじめても抵抗を続けた。鏡に写したり(シンメトリと関係あるのかな)。しかし、落ちた実の香りをかぎ、実物はそれ自体でありそれ以外(絵)になり得ないことを感じ、ついに彼は止めた。永遠に続く不可能性がそこにあるのがわかっていて、なぜかわからずなお続けるという行為を、彼はついにやめた..。

死の間際、マルメロへの想いは彼の子供の頃の多分幸せな思い出に因っていることが示唆される(父、母と共にいる。でも足もとがぬかるんでる)。死の間際、思い出は走馬燈のようにかけめぐるらしい。

無常、それが芸術行為の原動力であり、いわば「美」の創造主っ。

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