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無防備都市

ROMA, CITTA, APERTA/OPEN CITY

106
無防備都市
4.1

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(23件)


  • エル・オレンス

    5.0

    ネタバレ今まで未見だったのが恥ずかしい程の名作!

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • sou********

    4.0

    これは…解説を読まないと見誤る部分が有る

    第二次世界大戦末期、ドイツ軍占領下のイタリアで、反ナチスの地下組織の活動とゲシュタポの追跡を描く物語。 ストーリーに緊迫が漂っていて、構成も展開も素晴らしい。 しかし、古い映画のせいか…映像が乱れまくりで音声も良くない。 僕自身はDVDで観たのだけど…、現物そのものが良くないらしい。 なんとなく、鑑賞終わりにDVDに収録された解説を読んでみた。 ストーリーの良さと映像の秘密が書かれていて、全てが腑に落ちた。 元々、僕みたいに無知で、今更、過去の映画史を時折辿る人間には、この時代のイタリア映画のネオレアリズモってのがイマイチ理解出来ていなかった。 例えば、先日もヴィスコンティの作品を観たのだけど、分からない部分が多過ぎた。そもそもネオレアリズモとは、何を捉えたかったのか? その答えの一旦を「無防備都市」に見出す事が出来た。 結局、当時のイタリアの歴史では、ファシズムの台頭があり、戦争を経験し、ナチスの占領時代を迎え、共産主義の台頭もあり…連合軍の解放あり(いろんな映画で得た知識なので、どこまで正しいか知らんが)…と複雑な混乱があったと思う。 その中で、頽廃主義という読み方すらわからない言葉が出てきて…、僕みたいなアホには謎が深く…。 ただ、「無防備都市」の解説にみたネオレアリズモとのなんたるかに於いて、ちょっとだけ納得出来たのだ。 きっと、現実にあり得る心理表現の追求なのかなぁ…なんて。ネオレアリズモと呼ばれる映画では、当時のイタリアの人々の貧困や苦難を描き、悲哀が丹念に描かれているように思う。 「無防備都市」では、実際にあった話に着想を得てるらしいし、当時の枯渇する物資の中、フィルムを掻き集めて撮影したと言う。結果、フィルムの種類が統一されず、音声も映像もガタガタになっている。 ネオレアリズモらしさがそこに集約されている…とされるのなら、過去に観たいろんなイタリア映画の系譜が繋がりを持ってくる。 現実的な人生の苦悩も、逆に空想的であるような表現も、一つの土壌から生まれるもので、どちらが表現として正しいというより、監督達の表現手段の選択だと思う。なるほど、ヴィスコンティの表現とフェリーニの表現の違いとはこう言う事か!?と、朧げに…。 ん?「無防備都市」のレビューとしてどうなの? まぁ、コレ、自分の映画鑑賞の記録と記憶の保管に書いている部分もあるので…、こんな事もあるのは申し訳ない。読んでくれた人にはゴメンなさい。 あっさり、この映画で得た思考も変わってしまうかもしれないし…、まだまだ続く、映画鑑賞の旅の途中です。 ただし、「無防備都市」出会って良かった。コレは間違いない。

  • gir********

    5.0

    ネタバレ神を畏れる

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • yos********

    5.0

    星を付けるのも

    おこがましい作品の一つ。レビューなんて書けやしない。

  • rec********

    5.0

    ネオリアリズムという記号から離れよ

    バーグマンを狂わせ、オットー・プレミンジャーをして映画史の以前、以後の境界線と言わしめた問題作あるいは如何にして現在でも(畏怖)の対象となり得たのか? 衝撃さにいささかの異存もありませんが本作が(ネオリアリズム)という形容によりロッセリーニという名前が私たちの世代の中で限定的に記号化されていたのはいかにも不幸な話です。 事実、私たち80年代の映画青年の間では過剰なくらいにフェリーニやアントニーオニ、ヴィスコンティの惹句に翻弄されこの3人の師匠格ロッセリーニに驚かされたのは製作から35年後に日本初公開された『イタリア旅行』に出会えてからですから恥ずかしい話です。 『イタリア旅行』『ストロンボリ』『不安』の三作品に出会えてなければ『無防備都市』と『戦火のかなた』を(ネオリアリズムの名作)と悠長に構えて真の映画好きから嘲笑されていたことでしょう。 とはいえ、私の中てロッセリーニはまだ始まったばかりです。 笑われる覚悟で述べます。 白い船 La nava bianca (1941年) ギリシャからの帰還(パイロット帰還ス) Un pilota ritorna (1942年) 神の道化師、フランチェスコ L'uomo dalla crose (1943年)Desiderio (1946年) アモーレ L'amore (1948年) ドイツ零年 Germania anno zero (1948年) 殺人カメラ La macchina ammazzacattivi (1952年) 自由は何処に Dov'è la libertà? (1954年) 火刑台上のジャンヌ・ダルク Giovanna d'Arco al rogo (1954年) インディア India (1959年) ドキュメンタリー ローマで夜だった Era notte a Roma (1960年) Viva l'Italia! (1961年) ヴァニナ・ヴァニニ Vanina Vanini (1961年) 以上、実はまだ未見です。 速やかに鑑賞出来る手段が分かる方、教えて下さい

  • bar********

    5.0

    ネタバレゲシュタポの恐怖と民衆の戦い

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • hik********

    5.0

    見事な人間性の主張

     戦争を背景に、ゲシュタポの非情な抑圧を描いている。それは人間性の否定であり、それに抵抗する姿が劇的に表現される。映画製作が困難な時代であるにも拘わらず、これほどの素晴らしい作品が生まれたことに感嘆せざるを得ない。

  • e_s********

    4.0

    ネタバレ「生きる方が難しい」

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • sig********

    3.0

  • どーもキューブ

    5.0

    ネタバレイタリアでひびく声

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • 一人旅

    4.0

    『神よ、彼らを赦したまえ・・・。』

    重たい作品だった。二次大戦末期、ドイツの支配下にあったイタリアを舞台に、反ナチの地下組織に属する男とその協力者たちの活動を描いた物語。戦争の残酷な部分を詰め込んでいる。飢えに苦しむ国民、引き裂かれる家族、拷問、敵国への寝返り、死・・・。救いも何もない作品って感じだけど、戦争がもたらすものが何なのか、嫌ってほど分かった。

  • kih********

    5.0

    辛いけど作られた映画、辛いけど観なければ

     見ていて胸が苦しくなる映画でした。これは決して誇張でも極端な事例でもなかったでしょう。戦争になれば、ドイツだけではなくどこの国でも同じような野蛮で非人道的なことが行われていたのでしょう。敵対兵士に対する殺傷と比べても、国内同胞に対する拷問の方が残忍でさえあるようです。これは、戦争遂行のために必ず付いて周る蛮行だから、ドイツ・ナチスだけが責められることではなさそうです。  戦時中ではなくても、独裁専制国家であれば、今でも行われる弾圧です。その拷問の陰湿性は隠しおおせるものではなく、現在でも漏れ伝わって来るし、(近い)将来に必ず明らかにされます。  イタリア・ネオレアリズムって、こういう映画だったのですね。時代に対する知識人の責任ですか。良心なんですね。辛いですね。

  • kak********

    4.0

    大女優バーグマンが夫も子供も捨てた映画!

    ロベルト・ロッセリーニ監督の戦争三部作の第一弾。 「戦火のかなた」、「ドイツ零年」と続く。 この映画の凄い事は、プロの俳優が四人しか出演して いない事。それなのに、ドキュメンタリーの様な生々 しさで迫真の映像となっている。 その四人とは、神父役のアルド・ファブリッツィ、 新妻役のアンナ・マニャーニ、抵抗運動の指導者役の マルチェロ・バリエーロ、そして密告者役のマリア・ ミーキである。 何とも信じられない事だが、ドイツの将校や冷酷な 女性など堂々たる演技で、とても素人とは思えない。 更に、この映画を見た大女優イングリッド・バーグマン が、夫や子供まで捨ててロベルト・ロッセリーニの許へ 駆けつけたというスキャンダルまで生まれている。 それほど衝撃的な内容とは何か?それはイタリアが ドイツ軍に占領されていた頃の事実に基づいた作品 だからに違いない。 日本も同じ敗戦国として数々の悲劇が生まれているが、 この様な庶民の当時の生活そのままを描き且つ装飾気が ない映画はイングリッド・バーグマンでなくとも驚きを 覚える。 そこは、常に死と隣り合わせの生活があり、未来の平和 の為に生き抜いた人々がいる半面、体制に逆らわず自己 中心的な生き方を選択する人々もいる。 それらが、一体となって時代を通り抜けていく迫力が 素人の演技と相乗効果をもたらしている。 戦争映画であると、勝者と敗者があり、どちらかが勝って 終わるというパターンが多いが、本作品は生き残る人々の 辛さが浮き彫りになり、勝者なき結末で終わるのも深い 余韻を与え成功している。

  • dam********

    3.0

    ネタバレ「レジスタンス」

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • bag********

    4.0

    ネタバレ終わりのない戦い

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • tot********

    4.0

    ネタバレ娯楽作品ではありません・・・

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • じぇろにも

    3.0

    第二次大戦末期のローマ

    資金調達

  • car********

    4.0

    「生きる」力強さには無条件降伏です

    同居人が借りてきたもので、 内容も知らないし、 ロッセリーニ…なんか聞いたことあるね、 くらいの知識しかないのに、 この映画は、見始めた瞬間から 私を映画の世界に引きずり込んだ。 映画のメッセージはどんどん複雑に なっているように思う。 確かに、ストレートなメッセージは語り尽くされていて、 普遍的な中にも、もう一歩向こうの解釈を求めて 試行錯誤する動きは当然のように思える。 対して、この大昔の映画は、 語られるメッセージが力強く、 はっきりしていて、迷いがない。 ラストシーンの子供達に刻まれたのは 絶望や哀しみだけでなく、強い意志だ。 ピナの力強さといい、子供達の組織といい、 (もちろん、レジスタンス達や司祭、脱走兵も) この映画は「生きる」という力強さに溢れている。 (黒澤映画にも通じるものがあるな) これには、例外なく揺さぶられる。 考え方の違いやテーマへの共感など 二の次になり、無条件に好きになってしまう。 ロッセリーニの映画、もっと観たいな、 と思える初体験でした。

  • ********

    4.0

    走る女とおぼれる女

    戦後の映画を変えた一作。やっぱり、走るアンナ・マニャーニを追うカメラのカットのタイミングは迫力満点です。それまでの彼女の苦労、捕まった男への愛情があふれてる。 「裏切り女」マリア・ミーキは次作『戦火のかなた』でも印象的な女優さん。愛におぼれ、薬におぼれる。 ローマの道が広いこと、子供たちが活き活きしていることはさすがネオリアリズムの原点で申し分ありません。 ナチ本部の拷問部屋と退廃的なサロンが扉で続いている、というのもすごい発想だと思います。

  • Kainage_Mondo

    4.0

    歴史の要請に応えた映画の底力を思う。

    DVDでの鑑賞。45年イタリア映画である。 映画の役割とは何か ? それをつくづく考えさせられた。60有余年を経て、画質の劣化が目立つところもあったが、それを補って余りある迫力、当時、制作にかけた熱い思いが伝わってくる作品であった。 降伏したことで、それまで同盟軍であったナチス・ドイツの軍隊の占領下に置かれてしまったイタリア。サン・ピエトロ大聖堂があり、カトリックの懐とも言うべきローマで物語は展開する。反ナチスの抵抗活動をする男たち、パンまで強奪しないと飢えを凌げないぎりぎりの生活の中で、それを支援する市民、それに心を寄せる市民、ナチスと内通して仲間を売る女 ・・・ 等など、さまざまな人間模様がシビアに描かれる。 ド迫力の肝っ玉母さん アンナ・マニャーニ ( 当時37歳 ) が、再婚の結婚式当日に突然逮捕された、婚約者の乗せられた護送車を追って、制止を振り切り振り切り、走る走る走る ・・・ 「無防備都市」 と言えば最高に有名なこのシーンは、やはり迫力満点の名シーンだったし、斃れ伏す彼女を観て、当時どれだけのイタリア人観客が泣いたろうか、そんなことまで想ってしまった。 冷酷この上無いゲシュタポの士官は、お目々パッチリのちょい美男子なのだが、「イングロリアス・バスターズ」 のランダ大佐の如きユーモアの欠片も無く、同僚士官の自虐的なナチス史観に激怒する。その士官の反ナチス的な自虐的台詞は、そのまま、当時ナチスの支配から解放されたばかりのイタリア人観客の胸をたぎらせたのだろうか、そんなことまで想ってしまった。 一直線の反ナチ映画のように見えて、余裕のエピソードもあった。アパートの住人たちの中に寝たきりの爺さんが居るのだが、にたり~の笑顔でどんぴしゃタイミングの登場をした後も、コメディリリーフ的に活躍、こちらもにたり~だった。内通者とナチス側の女が、何とな~く同性愛やないの ? って仄めかしがあったり、褒美に与えたコートを、もう用無しだろ ? って引き剥がすように奪ってゆくシーンも洒落ていた。一本調子にならぬ、この辺りの遊び様は、脚本参加のフェリーニのアイデアであって欲しいな ( 笑 )。 ラストは ・・・ 椅子の背もたれを抱くように座らされて、背中から撃たれる銃殺のシーン。その直前に神父がゲシュタポ士官に対して言い放った言葉の数々に、当時のイタリア人観客は快哉を叫んだに違いない、そんなことまで想ってしまった。 映画の役割のひとつはプロパガンダかも知れない。本作は反ナチスのそれのように見えるが、実は、当時、たった2年前の占領時代を描くことで、疲弊し切ったイタリアの人々に共感と癒しを与え、鼓舞しようとしたものだったに違いない。その制作意図が今でも熱い ! のだ。 【 余談 】 素晴らしい作品とは思ったが、これを観て感動したからと言って、夫や子供を捨てて、ロッセリーニ監督に走る気持ちは ・・・ 判らんなぁ~。結局2人の共同作業では名作は生まれなかった皮肉。

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