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女鹿 (1968)

LES BICHES

監督
クロード・シャブロル
  • みたいムービー 5
  • みたログ 13

3.00 / 評価:2件

百万本のバラ

  • 霊門大和屋 さん
  • 2009年11月26日 11時48分
  • 閲覧数 379
  • 役立ち度 9
    • 総合評価
    • ★★★★★

この映画を初めて観たのは京成名画座で15歳の時、今から40年前だった。古い映画がビデオ化される時代になり、この映画が見たくて中古ビデオ店を探し回ったが、結局見つけられなかった。同じシャブロルの『二重の鍵』のビデオ化は理解できるが『気のいい女たち』や『主婦マリーがしたこと』のようなマイナーな作品がビデオになっているのに当時人気だったササール主演の『女鹿』がビデオ化されていないのが不思議だった。今度紀伊国屋からDVDが発売され早速購入して観て、この映画がビデオ化されなかった理由が理解できた。おそらくシャブロルやササール、オードランのファン以外の人、コアなフランス映画ファン以外の人、ストーリーの面白さを重視する人にはかなり見るのが苦痛な映画なのではないかと思う。ジャックドワイヨンやブッレッソンが好きな自分でも少しきつかった。物語はオードランとササールの二人の女がパリの街で偶然出会い一緒に生活する所から始まる。オードランは父の莫大な遺産を受け継ぎ、南仏に豪華な別荘を持つ独身のブルジョワ。ササールは貧しい絵描き。パリから南仏に戻った二人を待っていたのは寄宿人の二人の奇妙な男と料理人の初老の女性。ある日別荘のパーティに招かれた建築家のトランティ二ヤンとササールがいい雰囲気になりササールは彼の家に泊まるのだが、翌日ササールとの約束を彼がすっぽかし、今度はオードランとくっついてしまう。ここから二人の女と男の間に奇妙な雰囲気が漂いだす。中心はササールとオードランの複雑で微妙な女性心理の綾、心理劇風のつくりである。結末は、さりげなく伏線が張られているので予想できる展開になっている。シャブロル本人はこの映画に満足し大変気に入っているようだが、成功しているとは思えない。シャブロルらしさは出ていると思うが少し自己満足気味。男女三人の心理の微妙な変化が描けていないし,伝わってこない。特に男の人物像が曖昧で作者が観念で作り上げた血の通わない都合のいい人物に見えてしまう。これは批評家にも指摘されていたようで、それに対してシャブロルは「あれは掘り下げられていない曖昧なオブジェ化された人間だ」と答えている。だが、それでは自主制作映画の自己満足レベルに終わってしまうのではないか。シャブロルは「女鹿」を完全に自由な条件で撮れたと言っている。しかし、この完全に自由な映画作りが逆に自己満足的結果になってしまたようにも思えてしまう。シャブロルの初期作品では「いとこ同志」「美しきセルジュ」は勿論いいが本人が失敗作と言う「気のいい女たち」の方が「女鹿」よりいいと思う。だが、しかし、と考えてしまう。シャブロルはもしかして寓話を作り上げたかったのではないかと。あの奇妙な二人の男たちは一体何だろう。なぜあの登場人物が必要だったのだろう。と、思ってDVDの解説(20ページもある)を読んだら、革命がどうとか言っていたのは毛沢東全集を読んでいたらしい。映画が作られた当時の時代背景があのような台詞やシーンになっていたのが良く分った。いずれにしろ「女鹿」の魅力は劇中でトランティニヤンが言っていた「ここの雰囲気は異常だ」というセリフに集約される「ありえない異常な雰囲気」の中にこそあるのではないか。このあたりのことも含めて何度も見返してみたい作品である。ステファーヌオードランの魅力はたとえようも無い。百万本のバラを彼女に捧げたい思い。

詳細評価

物語
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演出
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