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メフィスト

メフィスト

MEPHISTO

145

一人旅

5.0

台頭するナチスと不穏な空気

第54回アカデミー賞外国語映画賞。 イシュトヴァン・サボー監督作。 1920~30年代のドイツを舞台に、舞台俳優ヘンドリック・へーフゲンが辿る運命を描いたドラマ。 ナチズム・ファシズムの台頭を描いた作品には『地獄に堕ちた勇者ども』『暗殺の森』『蝶の舌』など傑作揃いだが、本作もこれらの作品同様に、ナチスの台頭とそれに翻弄される一人の舞台俳優の姿を描き出す。ナチスによる虐殺や迫害の実態を視覚的に残酷な描写で描くことはある意味簡単だが、本作はそれらが本格的に始める前の二次大戦勃発前1920~30年代のドイツが舞台。ナチスが勢力を増しつつある時代の“不穏”な空気がたまらなく不気味で、時代の流れとともに鉤十字のシンボルマークが街中で存在感を増していったり、ヒトラーの姿を映さずラジオから聞こえる肉声だけでナチスによるドイツ支配の訪れを表現した演出が印象的。まさに“見えない恐怖”が舞台俳優を少しずつしかし確実に取り囲んでいく様に圧倒されてしまう。 舞台俳優・ヘンドリックの心境の変化と、ドイツ国内情勢の変化をリンクさせて描く。ヘンドリックは元々共産主義者で、ヒトラーを呼び捨てにし侮辱する。コミュニストらしく労働者を題材にした劇が売りの野心家だ。しかし、ナチスが台頭を始めるとヘンドリックはそれまでの態度を一変させ、ナチスを支持し、ナチス高官とも親交を結ぶようになる。 ただの舞台俳優が、知らず知らずのうちにナチスに利用されていく恐怖。国立劇場の総監督に任命され誇りと自信に満ち溢れるヘンドリックだが、結局はナチスが目的を果たすための一つの駒に過ぎない。本作で最も恐ろしいのは、ヘンドリックがナチスのために働くよう強制されたわけでは決してないこと。あくまでヘンドリックは自らの判断で行動している。ナチスが政権を掌握し、危機を感じた妻や友人たちが次々とドイツから脱出していく中で、ヘンドリックだけはベルリンに残ることを決意する。ドイツから亡命した愛人に会うためパリを訪れた際も、結局は彼女に別れを告げひとりベルリンへ戻ってしまう。 “俳優としての地位の約束”を餌に、純粋に芸術を追求する者でさえも容赦なくナチズムの渦に取り入れてしまうという狡猾さ。ナチスの本当の恐怖(州首相の恫喝に震える)が垣間見えた際には時すでに遅し。ナチスが望むドイツ文化の独善的な在り方を実践させるために、ナチスが自由に“使える”存在としての舞台俳優・ヘンドリックが見事生み出されているのだ。 また、「ファウスト」のメフィスト(悪魔)に扮したヘンドリックの白塗りメイクが恐ろしく印象的。舞台上では化粧の白が良く映え、メフィストの真っ白な顔面だけが浮かび上がっているように見える。メフィストが台頭するナチスを象徴する存在ならば、ヘンドリックはメフィストを演じることで、ナチズムの魔性に心を蝕まれていくことになる。 そして、主人公ヘンドリックを演じたクラウス・マリア・ブランダウアーが怪演。ちょっとオネエな感じがしないこともないが、メフィストを演じる際の風貌は圧倒的な異彩を放つ。舞台俳優として最大の名誉を噛みしめる中、最後に精神を極度に混乱させていく姿も圧巻だ。

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