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めまい (1958)

VERTIGO

監督
アルフレッド・ヒッチコック
  • みたいムービー 194
  • みたログ 1,856

3.78 / 評価:621件

愛の実相

  • ジャビえもん さん
  • 2021年5月19日 15時54分
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

素晴らしいところをいくつもいくつも挙げられる名作中の名作ですが、なかでも、男と女の実相を語っている場面が秀逸です。

映画の後半、ジュディはスコティからの愛を受け入れるべきか、迷います。
スコティが愛しているのは自分ではなく、マデリンという女性で、彼が彼女の影を追い、それゆえ彼女にそっくりなジュディを愛そうとしていると、知っているからです。
そして、マデリンこそは、自分がかつてなりすまし、死に至らしめた女性であるからです。
本当の自分自身を愛してほしいと、ジュディは願います。けれど、それが叶わないと諦めたジュディは、スコティの願いを聞き入れ、再びマデリンとなります。スコティの言うまま、髪色も髪型も、服装も変え、スコティの望む通りにします。
そして現れる、マデリンーー。
幻想的な映像と、切なくもの悲しい音楽。そこにすっと現れた女性の中には、生者と死者が……。戦慄的で、官能的なこの場面こそ、この映画の最大のクライマックスで、それまでの前半部は、この場面を最大限盛り上げるための伏線に過ぎなかったのだと思い至り、はっとさせられます。
ジュディの正体が明かされるタイミングについて、少し早すぎるのではないかという批判もあるようです。でも、このタイミングがベストでしょう。ジュディが再びマデリンとなる場面において、ジュディの正体が分かっていなければ、観ている者はジュディの葛藤を理解することができませんし、この場面もさほど盛り上がらないでしょう。

ところでこの場面、愛の実相を語っているのではないでしょうか。
人が人を愛するとき、相手の何を愛するのでしょう。内面です、と答えるのは簡単ですが、物事はそんなに単純ではないでしょう。
上記の場面は、その一つの答えを示しているようで、考えさせられます。
また、スコティはマデリンを愛しますが、その正体は、マデリンを演じていたジュディです。スコティを惹きつけ、惑わすためにマデリンを演じていた、ジュディを愛していたのです。
男と女は愛の初め、お互いに演技するものですよね。
これもまた、愛の実相を語っているようです。

ラスト、スコティの高所恐怖症が治ります。映画の前半で、スコティの元恋人が言います。「同じショックを再び経験すると、その病気は治る」と。ラストは、その言葉の通りとなるのですが、同時に、元恋人の言葉は皮肉なものともなります。スコティは愛する人を失う衝撃を再び経験しますが、ここでは何が治るのでしょう。治るどころか、彼の心は崩壊するのではないでしょうか。

皮肉な展開は他にもあります。
ジュディは、マデリンの姿に戻ることで、スコティの愛を得ます。
ところが、これは新たな悲劇の、そして決定的な悲劇の始まりでした。
死者にとりつかれた姿を演じ、マデリンを死に至らしめたジュディは、今度は、死者となったマデリンにとりつかれます。そして、彼女に復讐されるかのように、命を落とします。
マデリンが死んだ場所、教会で――。
場所が教会であるだけに、恐ろしい因果を感じてしまいます。

詳細評価

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