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ムーラン・ルージュ

ムーラン・ルージュ

MOULIN ROUGE!

128

kyo********

4.0

羽生結弦のための「ボレロ」

20世紀初頭のパリよみがえらせた映像が素晴らしいです。 原色の色彩と光線の中で踊り子や快楽にふける客たちでむせ返る「ムーランルージュ」の店内。その外では、貧民窟のような民衆の居住区がモノトーンで対照的に描かれています。 店の中ではスターを夢見る看板娘がいて、安下宿にはボヘミアンの若者がいます。この二人が恋におちいり、邪魔をされながらも真実の愛に到達します。 音楽の素晴らしさや俳優たちの力強い歌唱力で、物語りに引き込まれます。ヨーロッパ文化の厚みを堪能させてくれます。 「この世でいちばん幸せなことは愛する人を得て、愛する人に愛されること」 と女は歌いながら、次のフレーズでは、 「私のベストフレンドはダイヤモンド。歳をとった女から男は逃げてゆく。キスでは家賃を払えない」 とちゃっかり男たちを誘います。 「フランス人は愛のために平気で命を投げ出す。決闘が大好き」「娼婦とポン引きの彼らは全身全霊で愛と芸術にのめりこむ」「娼婦と恋愛はするな」 欲望と愛情をコントロールして社会を安定させてきた人々のこれら警句をちりばめた歌詞、せりふの面白さも見所でしょう。 ======================== こうした複雑な愛の形は、ふつう14歳の少年にとって無縁である。 2008年(今から10年前)、フィギュアスケートの羽生結弦さんがこの映画のエンドロールで演奏される「ボレロ」を舞った。 舞い終えてコーチとともに点数が出るのを待つ。そこには周囲の愛情をたっぷり浴びて育った14歳の無邪気な表情があった。大人の難しい愛の世界などどこ吹く風だ。 肌違いとも思われる曲で振り付け師は羽生さんに何を求め、与えようとしたのだろう。 燃える愛も、それを成就した熱情の時間も、人間の生命のはかなさによって一瞬で失われる。抗生物質のない時代です。「ボレロ」の曲の冒頭、消え入りそうなピアノの旋律が流れます。 それは14歳の少年の、そのときにしか持ち得ない美しさ、いとおしさ、前途をゆくにはあまりにか細く弱々しく、不安だらけの姿でもあります。 しかし曲は次第に力強いリズムを打つようになる。繊細で息が絶えそうだったピアノは消えて、ドラムと弦楽器の歯切れよい音が響いてくる。同時に氷上では羽生さんが得意なスピンの演技へと移ってゆく。スピンは勢いを増し、滑りはなめらかに大胆になる。 リズム音は、しだいに重層的な音階となって混沌の渦に入ってゆく。未知の次元や時間の重なりが14歳の全身をとらえ、最後のポーズを決める。 か細い少年が成長して晴れやかなフィナーレ向かう願いがこめられているように思えた。 羽生さんは非常に芸域の広い人だが、中性的な衣装をまとって悲痛な曲調を舞うのが一つのジャンルになっている。これはその最初のプログラムといえよう。 少年のはかなさと映画の主人公の命のはかなさが重なる。世界戦争と革命の前夜、愛と芸術にのめりこむ人々がいた。せつないことだが、そこに希望が見えるのかもしれない。

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