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モロッコ

モロッコ

MOROCCO

92

アニカ・ナットクラッカー

5.0

マレーネの遠くを見る眼が印象的

今回取り上げるのは1930年のアメリカ映画『モロッコ』。日本では翌31年に公開され、キネマ旬報ベストテンでは外国映画の1位に輝いた。初めて日本語字幕付きで上映された映画として有名だが、そういった歴史的価値を抜きにして現代の目で観ても大いに楽しめる映画である。 オープニングタイトルが短いのに驚かされる。出演者はゲイリー・クーパー、マレーネ・ディートリッヒ、アドルフ・マンジューの3人が同時に表示される。最初の2人は超有名だが3人目は知らなかった。アドルフ・マンジューはヒロインの歌手アミー・ジョリー(ディートリッヒ)に求婚する人格者の富豪ベシエールを演じており、本作では欠かせない人だ。 地球儀が回って、モロッコの場所がアップになると同時に映画のタイトルが出る。本作を観てハッとしたのは、自分はモロッコについてほとんど知らないという事だ。現在は王国でかつてフランスの植民地であったのは知っているが、映画が作られた当時は王族に当たる人はどういう立場だったのか、モロッコが独立したのは何年なのか、基本的な事を知らなかった。 ファーストシーンは、現地の男が頑固なロバに手こずっていると、画面の奥から音楽に合わせて外人部隊が行進してきて、男とロバを追い越す場面である。これは有名なラストシーンと対になっている。町に入った部隊は休憩し、さっそく町の女たちが彼らに興味深い視線を向ける。兵士の中で飛び抜けて背の高いイケメンがトム・ブラウン(クーパー)である。 僕がゲイリー・クーパーの映画で観たことがあるのは、本作の他にはテレビで観た「真昼の決闘」と「誰が為に鐘は鳴る」の2本だけである。クーパーは1901年生まれだから本作では29歳頃で、フランス軍の帽子をかぶるお陰でさらに背が高く見える。まだ「真昼の決闘」のような渋さはなく、他人に対する指差しか投げキッスのようなキザなポーズが印象的だ。 アミーの初登場シーンはモロッコに向かう船上であり、ここで彼女に声を掛ける紳士が後の婚約者となるベシエールである。船長いわく「彼女は片道切符しか持たない自殺志願者のようなもの」。当時の植民地は、事情を抱えた人が過去から逃れるために流れ着く場所というイメージなのだろう。彼女は劇場のような大規模な酒場で歌姫として働くことになる。 アミーがステージに立つシーンは、本作の最初の見せ場である。トップハットに燕尾服の、男装姿で歌うディートリッヒの格好良さに目を奪われる。酒場の客は辛辣で、舞台に登場したアミーにブーイングを浴びせるが、トムはそんな客たちを威嚇しておとなしく聴けと促す。この酒場にはベシエールや、トムの上官とその妻(トムの不倫相手)といった主要キャラが揃っている。 歌い終えたアミーは一人の女性客に口づけし、観客は大盛り上がり。キスされた相手は「やだなー」という感じで笑っている。二曲目の格好はもっと刺激的で、生足を出したスクール水着に長い毛皮の襟巻をして、リンゴを入れた籠を抱えて「アダムを誘惑したリンゴを買って下さいな」という歌詞を歌う。日本の戦後復興を象徴する「リンゴの唄」とはまるで印象の違う歌である。 トムは同僚から金を借りてリンゴを買うが「一週間働いた稼ぎとリンゴ1個が同じ値段だ」とぼやく。この時代のリンゴはそんな高級品だったのか?そもそも暑いアフリカでリンゴを栽培できるのか?それともフランスから持ち込んだのか?なんで酒場の歌手がリンゴを売る必要があるのか?当時の社会情勢を知らない僕の中から様々な疑問が生まれては消える。 ディートリッヒと似ている日本の女優といえば原節子を思い出すが、本作のアミーがいつも遠くを見ているのに対して、「東京物語」の原節子は目の前の相手を優しく見つめる感じ。似た容姿でも演技のスタンスが異なるのが興味深い。また、飛び抜けて長身のクーパーと対峙してもバランスが取れているので、彼女自身が女性としてはかなりの長身だと思われる。 酒場での出会いをきっかけにアミーとトムは惹かれあうが、トムの不倫相手が起こしたトラブルに巻き込まれた彼は、懲罰の意味も込めて最前線に送られる。そしてアミーはベシエールの求婚を受け入れ、二人は別々の道を歩くと思われたが・・・。このレビューで細かなストーリーを書いていく余裕はないが、最後に悲しいラストシーンを書いてみよう。 トムの外人部隊が出発すると、5人ほど現地の女が一斉に立ち上がり、ロバに荷物を積んで数頭のヤギを引きつつ部隊の後に付いて行くのだ。兵士たちを愛し、生死を共にする覚悟をした女たちである。この場面は時代や国の事情を超えて、理屈抜きで胸に迫るものがあった。 すべての登場人物の姿が砂漠の彼方に消え、残るのは風の音のみ。それも消えるとエンドマークにかぶさり、かすかに太鼓の音が聞こえてくる。お見事としか言えないエンディングである。

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