アレクセイと泉
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(3件)


  • abu********

    3.0

    水こそ全て

    すごくきれいな所ですよね。 時間がゆったりとしていて。 水っていうのはやっぱり人間の体の2/3をしめますから、 そこの水が飲めなきゃ出て行かないと行けないだろうけど、 でもこの泉は汚染されてなくて、地下水だから、 事故以前の水が湧き出てるんでしょうね。 なんだか考え深いものがあります。

  • sav********

    5.0

    滾々と湧く泉がおこす静謐な奇跡

    チェルノブイリ立ち入り禁止地域の 村人を撮るドキュメンタリー作品鑑賞2作目。 前作 『ナージャの村』から5年後、 前作の撮影時、 「是非見せたいところがある」 エスコートしてくれた行き先が、 今作の舞台になる泉。それが、、、 キッカケとなり、今作は製作されました。 音楽担当は、 坂本龍一さん。 客席には一般客に混ざって、 世界的指揮者の小澤さんもいらっしゃいました。 さぁ、今作はどんな作品なのでしょうか??? ★彡     ★彡 前作より撮影方法から編集まで、 なにもかもが映画っぽくなっていましたね♪ 村人の温もりが、今作のほうがリアルに伝わってきましたよ(笑顔) 〈 泉が村人を引き止めているのかもしれない 〉 〈 我慢するほうが、よほど身体に悪い 〉 じらすような形になってしまいましたが、 なぜ、この泉を、現地のコーディネーターは見せたがったのか。 実は、森林・農地などからは、 高濃度の放射能が検出されたのですが、 この泉からは、放射能が全く検出されなかったのです! “こんなにも放射能が検出された。だから退避を!!” そう呼びかける腹積もりであった関係者の思惑とは反対の結果が。 若者は1人、残り全てはご老人なのですが、 誰一人、村を出ることなく、泉のふもとに止まった、 そんな村のドキュメンタリー作品でございます。 ◇   ◇ 前作『ナージャの村』よりも、 カメラの撮り方や、編集、風景の繋げ方、 一番は、音楽が映画っぽくなっていて、 作品の完成度は遥かに上回っているように感じました。 さらに、作品から、 なんともいえぬ村人の空気感をお客様に 与えてくれたのは、ナレーションを村に 唯一、残った若者、アレクセイがつとめたこと。 訥々と話す声色、 話すスピードが、 村人が息づくはやさと、 驚くほどシンクロをしている。 そのナレーションから、 村人の体温、村の気温が伝わってくる。 「キノコは食べたらダメだと  言われているんだけど、  美味しいから食べるんだよね♪」 誰かに教えてもらわなければ、 とても放射能に汚染されてしまった 村に住む人には見えない、こちらも微笑ましくなる笑顔。 祭りだ! 洗濯場が完成した!! なにかにつけて、 ウオッカを飲み、 酔っ払ってしまうおじい様たち。 そして、寝てしまった お爺さんを、当たり前のように運ぶアレクセイ。 若い男性が1人でもいないと生活はできない 両親は、アレクセイに結婚をしてほしいと 口にするが、この村に止まるかぎり村外から お嫁さんを迎えるのは難しいはず。 しかし、そんなうしろめたさは ちっとも、感じさせない、心の底から息子の心配をする姿。 スクリーンの中には、 なにも変わらぬ田舎の農村の 平和な暮らしが映し出されるのでした。 そうです、 終盤に、村の放射濃度が スクリーンに映し出されるまでは・・・。 ★彡     ★彡 街中からは食糧・雑貨販売車が乗り入れる。 村中からは村外へカゴの販売に行く。 意識をしなければ “放射能”なんて カケラも感じない 自然に包まれた村人の 幸せな生活があふれていました。 “泉が村人を止まらせている” 朝になれば、泉に水を汲みに行く。 そして、その水で、生活を営んでいく。 村人の姿に、 あるひとつの、 幸せの形を見た気がしました。 そして、未来へ向けて希望の光を感じました。 チェルノブイリ原発事故から25年。 うしなったもの きづかされたもの かわらなかったもの 人間の強さ、 力まない自然な姿に 静かで深い感銘を受けました。 奇跡は必ず起きるのだと・・・。

  • gir********

    4.0

    寡黙な男と不思議な泉

    ドキュメンタリー映像について考えることは色々ある。ありのままのものを、ありのまま伝えることは、相当難しく、順番を並び変えるだけで、映像の持つ意味は大きく変わってしまう。 この作品を見たのは、京都の上映会。一般の映画館で公開されていなかったと思われる本作にインデックスがあることに、ヤフーの底力をひしひしと感じています。 実生活で、アレクセイのような立場にいる青年の決断に触れた今日、少々感傷的ではありますが、この作品にレビューを書かせていただこうと思い、筆を取りました。 チェルノブイリで、原発事故があって、多くの人は汚染された村を離れた。そこに残ったひとり、唯一の青年と老人たちの、原発事故、汚染、その後の物語。 アレクセイは、多くを語らない。監督も、その点を付け回さない。彼と、村との、その生活を淡々と、遠くから見守るように撮り続けている。 大きなカタルシスのある作品ではない。しかし、この映画に出てくるいくつかのシーンを、自分は今でもわりと鮮明に覚えている。印象の深い作品でした。 特に、両親の笑顔でのツーショットが忘れられない。そして、どう考えても、お二人は若い。これも泉の力の為せる業なのであろうか・・・きっとそうなのだろう。 アレクセイ。元気にしてるのかな?泉の水は今でも、ガイガーカウンターが反応しない、汚染されてない状態で滾々と湧き続けているのかな。 きっと自分が死ぬまでに訪れることはないであろう、北の大地の奥深い村の物語。地元を離れるつもりのない彼の決断。今日も彼は、一生懸命、汗をかいている。 おすすめしようとも、なかなか見る機会もない作品だとも思いますが、観賞後はわりと自分の「いま」を見つめることになりました。それはあたかも澄んだ湖面を見つめるかのようでした。

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