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ノー・マンズ・ランド (2001)

NO MAN'S LAND

監督
ダニス・タノヴィッチ
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4.05 / 評価:326件

解説

 1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア軍の兵士たちは、いつの間にか敵陣に入り込み、気づいたときにはセルビア軍の攻撃が始まっていた。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこは、ボスニアとセルビアの中間地帯“ノー・マンズ・ランド”。偵察に来たセルビア新兵ニノと老兵士はボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとする。その瞬間、隠れていたチキが二人を撃ち、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノの睨み合いが続く中、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻し……。

allcinema ONLINE (外部リンク)

映画レポート

「ノー・マンズ・ランド」─冷徹な眼差しが卑劣な所行から笑いを誘う

旧ユーゴの紛争を題材にした映画は何本か公開されているが、この映画には画期的というべき魅力がある。「ブコバルに手紙は届かない」や「パーフェクトサークル」、「ボスニア」は、作り手にとって悲劇があまりに身近すぎることが、無意識のうちに映画の表現に限界を設定していた。「ウェルカム・トゥ・サラエボ」、「エグザイル・イン・サラエヴォ」、「ビューティフル・ピープル」は、作り手が、イギリス人、ボスニア系の亡命者や移民という自分たちの立場=距離を作品に反映することで、題材が映画的な広がりを持ちえた。

最前線を体験し、後にベルギーで映画を学んだタノビッチは、紛争を非常に身近に、かつ冷徹な眼差しでとらえる。その冷徹さは、敵兵の遺体の下に地雷を仕掛ける卑劣な所業から、笑いを誘う不条理な状況を生みだす。

 皮肉な運命共同体となった兵士たちは、国連軍やマスコミを巻き込み、主導権を奪い合う。一連のドラマからは、感情的な憎しみ、官僚主義や話題性だけの報道姿勢などが次々に露呈し、最終的には人道的な姿勢も人命も無視され、表面的な紛争の図式に覆われる。そして観客が真実とともに取り残されるとき、その図式の虚しさはいっそう際立つのだ。(大場正明)

5月25日より、シネ・アミューズほかにてロードショー

[eiga.com/5月27日]

映画.com(外部リンク)

2002年5月27日 更新

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