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A2 (2001)

監督
森達也
  • みたいムービー 28
  • みたログ 100

4.02 / 評価:41件

問題はこの社会で今も反復している

  • A/Y さん
  • 2020年6月8日 15時22分
  • 閲覧数 258
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

どのようなドキュメンタリーであれ、カメラをどの位置に据えるか、といったところに既にポリティカルな問題が発生してくる。
「ドキュメンタリーに中立などありえない」という森達也。
それを前提とした上で、誰を擁護するためでも、また批判するためでもなく、徹底的に問い、揺れ、突き詰めて考えるためにカメラを回し続けている。

最後5分の、荒木に対する森の問いかけはとても大事だ。
オウム真理教が起こした事件や社会に対するオウム内部の態度、意思表明はいつまでも要領をえず、曖昧だったり、問題の中心に触れていないように思える。
それと同時に、事件から数年経ち、
他者理解とは無縁に思える、社会の抑圧的、排他的なムードは激しくなり、
(そんな中で、信者と地域住民がいつしか仲良くなっている姿もまた印象深かった…)
マスコミや警察の横暴さはますます大きく露呈し、
地域に住む右翼までもが自分たちなりの流儀でオウムとの合意点を求める対話を求めて動いていたりする。

しかしオウム側も社会の側も、ほとんどの人たちが、目先の解決策を求めて安易な思考に盲目的になっており、本質的に向き合わねばならない問題はきちんと問われることもなく、このまま沈静化してゆくように見える。
では、その本質的な問いとは何か?ということ自体も、一筋縄ではいかない名状しがたいものだからこそ、余計に難しいのであるが…。


オウムの事件から20数年が経つ現在、
NYの自爆テロ、震災と原発事故、多くの自然災害、障害者殺傷事件、コロナウィルス…等々、様々な自然災害や人災が起こっている。
社会に渦巻く憎悪や排除のエネルギーはオウム事件で顕在化したものと、形は少し違えど、どこか反復している感は否めないし、
また、問題の本質を見極めようともせずうやむやなまま減衰させしてしまうような態度は、オウムであれ日本の現政府であれ変わらない(それは日本人にとっては、戦争責任の問題の時から変わっていないのかもしれない…)。
ゆえに、いつまでも成熟することなく、同じようなことが反復される。

むろん、森監督自身にも答えが見えているわけではない。
ただし、「その態度は違うんじゃないか」「それでは納得いかない」ということだけは確かに分かるわけで、
その違和感を頼りにしながら徹底的に問題の核心を炙り出そうとする姿勢こそが、まずは大事なのだと思う。
カメラを回しながら、時々、森が被写体に投げかけている率直な「質問」は、さりげなくも鋭く、無意識の心理を垣間見せてくれる。
そうやって、違和感を覚えるところの核心を開こうとにじりつめようとする姿勢を止めてはならない。

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物語
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