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野獣たちの掟

野獣たちの掟

人民英雄/PEOPLE'S HERO

79

xi_********

3.0

イー・トンシンの原点を見る

いきなりですが、訂正と言うか、お詫びです。 過去、私が書いたイー・トンシンの映画レビュー内で、本作を彼の「監督デビュー作」だと紹介したことがあるかも知れません。実は三ヶ月ほど前、『癪佬正傳(英題:The Lunatics)』と言う社会による精神病患者への偏見を描いた映画を観る機会があったんですが、その監督にイー・トンシンがクレジットされていたので香港の友人に確認すると、これが彼の処女作だと教えられました。過去、「イー・トンシン映画の社会派意識の芽生え」に触れたこともありますが、処女作にしてこんな社会派視点を備えていたとは・・・因みに、香港では「差別の助長」を理由に一時公開差し止めとなったそうです(日本未公開)。 と言うわけで『野獣たちの掟』のレビューですが、私が長らく処女作だと思っていたこの映画は、どうやら二作目みたいですね(すいません)。 この映画は88年制作で、邦題は当時流行していた香港ノワールを想像させるかも知れませんが、実は少し路線が違います。劇中、犯罪を描いてはいるものの、イー・トンシンの演出はあくまで登場人物たちの「心情」へ迫り、これを描き出すことを主眼に置いているようです。『癪佬正傳』を観た今ならハッキリ分かりますが、当時の彼は、どうも映画に娯楽性を求めてはいないようですね。 物語は、銀行と言う限定空間で進行します。 借金まみれの阿細(トニー・レオン)と歪仔(ロナルド・ウォン)は弊店間際の銀行へ押し入るが、決行直前で気の弱い歪仔が卒倒し、阿細は計画を中止。だが、コーラを入れた紙袋が破れ、銃が床へ転がり落ちてしまう。警備員が銃を構えるのを見た阿細は反射的に彼を撃ち、意図せずして人質立て篭もり事件へと発展してしまう。出来心で犯行に及んだふたりは包囲する警官隊を前に投降を考えるが、その瞬間、同じく強盗目的で店内にいた指名手配犯・古向陽(ティ・ロン)が本性を現す。一瞬の内に阿細と歪仔を制圧した古向陽は、警官隊に対し、陳刑事(レオン・カーフェイ)を現場へ呼ぶように要求する・・・。 この通り、一応犯罪映画ですが、香港映画によくあるコミカルな要素、或いは立ち回りや銃撃戦などのアクション要素は皆無で、実際には、銀行を舞台にした人間ドラマと言ってもいいくらい。ともかく全編に渡り、登場人物の心情描写が目立ちます。 主人公はティ・ロン演じる凶悪犯の古向陽で、映画の大半は彼の犯行動機や人間性などを観客に考えさせる場面に費やされます。トニー・レオン演じる阿細はその対比となる存在で、物語の導入部を担当する役回り。ストーリーが動くのは、彼らが警官隊に包囲され、交渉人としてレオン・カーフェイ演じる陳刑事が到着してから。ここから、古向陽と陳刑事の対立構図と同時に店内の人間模様(こちらは古向陽と人質たち)が描写されていきます。 最初に言ったように、この映画、娯楽性を完全に無視しています(香港映画としては本当に珍しい)。 本作を面白いと感じられるかは、犯人の古向陽の人間性に興味を抱けるかどうか。 但し、このキャラクターは観客の同情を誘うタイプではなく、ティ・ロンの演技が、特に現場を制圧する件の威圧感、警官隊への高圧的な態度が真に迫ってるので、あまり観客受けしないのではないかと思われます。しかも、人質を優しく扱う理性的な面を覗かせたり、ふとしたことで一転して激昂したり・・・所謂感情移入が難しいタイプの主人公なので(私も困惑しました)。このティ・ロンに圧倒されてますが、トニー・レオンも演技派としての顔を覗かせており、怯えた表情なんかは実に見事。同じくレオン・カーフェイもティ・ロンとの対決に緊張を感じる刑事を好演。いっそ、彼らを主人公として観た方がストーリーを消化しやすいかも知れませんね。 正直、シリアス一点張りの息苦しい映画で、『つきせぬ想い』や『真心話』などのイー・トンシンを期待すると、肩透かしを食うことになるでしょう。 ただ、『ワンナイト イン モンコック』以降の厳しい作風を知る人なら、その原点を見ることになるのではないでしょうか。 個人的には、実にイー・トンシンらしいと思う、妥協のない人間ドラマだったと思います。

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