鏡の女たち

FEMMES EN MIROIR

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鏡の女たち
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(7件)


  • hechonaps

    3.0

    向き合わない女たち

    彼女たちが話をするとき必ずと言っていいほど向き合わない。 横並びか、後ろから。 すぐに決着をつけようとはしない。 現実や真実を突きつけて決断を迫るのではなく 心が追いついて感情が処理できるのを待つかのように ゆるゆるとぐらぐらとしながら進んでいく。 歴史を背負ったドラマティックな設定なのに、 少し理解が難しかったです。 ママや生みの母を通して 娘がこれからを力強く歩くであろう。と思わせる、 そんな映画だったんでしょうか。。

  • qbb********

    5.0

    暗くて強い日光。このフィルムはとても重要

    このフィルムはとても重要です。 メモリ 3世代で生きるfemmesの話。 メモリを引き継ぐために。 このフィルムは、高雅であって、怒り狂っています。 ある日常生活、現代の夏場のようにとても緻密です。 そして、世の終わりの地面から突き刺されたささくれのように、デリケートです。 暗くて強い日光。 原子爆弾、usa、およびjapan それは「これが正しいか、またはこれは間違っています」のように問題ではありません。 私たち自身は瞬間に遭遇しません。 それで、私たちはこの抽象的な気遣い、この神経質な回り道なしでそれら、広島にいつも近づくことができません。 これがちょうど日本に落ちた「原子爆弾自体」です。 これは私たち自身さえ直面できない傷跡です。 そして、これは私たち自身さえ忘れ始めるメモリです。 これは軍隊からの問題ではありません。 これは人間の存在からの問題です。 前にlukeに、「原爆をダメって言っているのに、ユウコのサイトからは暴力が感じられる、それはなぜか」という風に聞かれて、 「暴力をグロテスクに強調することで、ハッキリと意識させる為」 みたいなフォークナーのノーベル賞受賞時みたいな解答は勿論出来るしそれもあるんだけどそれはおいておいて、 「自分は暴力側の人間であるから」という感覚しか出て来なかった。 吉田喜重監督の作品の作り方は本当に痛みを感じていて、慎重であり、美しいという言葉も使えない程暗く強く、鮮明で胸騒ぎがする

  • god********

    3.0

    ネタバレ記録と記憶

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • ********

    4.0

    ヒロシマと女

    ヒロシマの悲劇を引き継ぐとはどういうことか。女性であるとはどういうことか。二つのテーマをめぐる、吉田喜重監督の会心の作品。ヒロシマの問題が背景にあって、表面上は三世代の女性の物語が語られるという形になっています。 岡田茉莉子とその孫の一色紗英のもとに、20年以上失踪していた岡田の娘(つまり一色の母)とおもわれる田中好子が見つかります。しかし田中は記憶を失っていて、自分がだれかさえわからない。だから、三人に血のつながりがあるかどうかもわからない。そこで、岡田が子を産んだヒロシマを訪れる。 DNAで確定しようとせずに記憶の回復に期待しようということのが、ヒロシマの記憶を引き継ごうとする動機につながっていきます。つまり、DNA=唯一の正しい事実を探る=は、原爆が正しかったかどうかという泥仕合しか生まないからです。どっちが正しいとかではなく、その記憶を引き継ぐ姿勢。それはまた、三人の女性が、女としての私を見つけ出すきっかけにもなっています。生物学的な女性ではなく、自分が自分のなかに見出す女。吉田監督の芸は細かいのです。 もちろん、映像自体も美しい。障子のこちらとあちら。荒れ狂う海を背景にたたずむ少女。割れた鏡。そして、やはり白い日傘の岡田茉莉子!この時、監督は70歳。まだまだ作ってほしい監督です。

  • j16********

    5.0

    前衛監督、安定した腕で魅せる

    作家主義的な芸術映画を作ってきた革命作家であり、大島渚と並んで映画史で語らなければならない巨匠の一人。 吉田喜重。 トリュフォー等世界中の作家にも愛された作家だ。 その吉田喜重が安定した腕で見せた女達と時代についての映画である。 キネマ旬報ベストテン第四位入選作品

  • のんちゃん

    5.0

    凄まじい傑作

    吉田喜重のヌーヴェルヴァーグの頃は、アランレネ「去年マリエンバートで」に象徴される、ビジュアルアートの傑作を作っていた。女性の心がまるで、ガラスのようにもろい。 今村昌平の描くふてぶてしい女や、増村保造の描く執念の女と対象的である。 ところがこの映画はビジョンアートではない。 イングマール・ベルイマンの描く女たちの葛藤と終末のようだ。親子関係を軸に、原爆や戦争を経験した現実を受け入れない、生を受け入れない女たち。 音楽はジャンリュックゴダールのように、ドラマと無関係にリズムを刻む。 吉田喜重は一体どこへ行きたいのだろうか? 凄まじい傑作である。

  • oak********

    4.0

    さすがの作品であるが・・・

     吉田喜重さんら日本ヌーベルバーグと呼ばれる映画監督が、助監督として入社した時代の合格率は、応募者4000人から5人程度で、入社すると木下恵介監督につき徒弟奉公を始めた。わが国がこのような映像作家育成のキャリアパスを失ってしまって久しくなる。  本作を見るだけでも、吉田監督や同時代の映像作家たちが、どの位緻密に構想を練ることができる才能を持っているかを垣間見ることができる。この規準で言えば、漫才師やテレビ作家の作る映像を、作品としての「映画」と呼ぶことは出来ない。  しかしながら、「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、このレベルの作品を喜んで見る観客も失われ、日本の映画産業は衰退の悪循環スパイラルに落ち込んでしまった。残念なことである。

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