ここから本文です

ブラッド・ワーク (2002)

BLOOD WORK

監督
クリント・イーストウッド
  • みたいムービー 55
  • みたログ 941

3.44 / 評価:300件

イーストウッドの典型的な映画

  • bar***** さん
  • 2018年1月27日 13時34分
  • 閲覧数 1245
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

ブラッド・ワーク。イーストウッドの作品。

イーストウッドはどこかしっとりとした、若者らしいセンチメンタリズムと細やかさを持った、なかなかの作品を多く手がけていることで非常に特徴的だ。彼は必ず自分を主人公とする。多分それは、自分と同年代の人びと――特に自分とよく似たような――彼が演じるキャラクターのように、どこか他人に負い目があって、純粋さをなくしてしまって、不器用に生き続けている中年に対する強いメッセージを表現したいからだと思う。イーストウッドのそのやり方がすでにどこか不器用な誠実さを表していて、それが彼の魅力の一つになっているのだと思う。

イーストウッドはアメリカのそういった中年層の代弁者としてステージに上がっているのだと思う。もちろん、それはイーストウッドの勝手な思い込みかも知れないし、世の中はもっと複雑な問題を孕んでいるのかも知れないが、おそらくそれがイーストウッドの強みなんだと思う。

しかしだからこそ、彼に名作はなかなか手がけられない。そういったふうに見える。それはイーストウッドが商業の大きな歯車の中に、無意識に巻き込まれているから。つまりイーストウッドのメッセージ性も、大量生産・大量消費の枠組みとして捉えられてしまうレベルの、脆弱さと既知性、安定性で構築されていると言えるかもしれないからだ。いつもヒューマンものを扱っておきながら、極めて安定した、既知のものを取り扱ってくることの多いイーストウッド。それが、彼の限界かもしれないと、ときどき思った、この映画を見て。

この映画は犯罪捜査ものではあるが、もちろん彼自身の存在について一考させるような問題も孕んでいる。いつもどおりだ。彼は自分自身の中で深い葛藤を抱きながら、悪を追いかけていく。その姿に視聴者は自分を投影して安らぎを見いだすのかもしれない。そして少しずつ自問していくのかもしれない。俺にはこいつのような深い根源的な問題が潜んでいないのか? その柔らかな知的な刺激が心地いいのかもしれない。

だが作品のクオリティという話をすると、たいそう無駄が多い、イーストウッドの真面目さが空回りしたような映画と評すべきものになっている。もちろんそれなりに見れるものにはなっているし、彼の真剣なデザインには感心するところもある。ただしかし、あまりにも刺激が柔らかいという難点がある。刺激を小さくするためにさまざまな配慮的なシーンを挿入しているが、それを全部除けば、かなりアンバランスな一作になったかもしれないが、とんでもなく面白い作品になったのではなかろうかと思う。

今のイーストウッドはあんまり追い切れていないのでわからないが、もっと視聴者を追いつめるような刺激的な作風で頑張ってもらいたいところだ。これでは凡作と言われてもしょうがない。「よく頑張ったな」で終わってしまうような凡作だ。あまりにもイーストウッドのような人間に不似合いだと思われるから。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 未登録
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ