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聖戦とは、男と女の喧嘩程度のレベルの闘い

  • yab***** さん
  • 2016年12月4日 22時24分
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    • 総合評価
    • ★★★★★

 オムニバスだから11人の監督の短編映画の寄せ集めだ。テーマはみな2001年9月11日に起きたあの忌まわしいニューヨークテロ事件だ。糾弾の鉾先は、ビンラディンだったり、イラクだったり、イスラエルだったり、はたまたブッシュだったり。

 ”ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうして交替で地球を守る”。今CMでも流行っている、谷川俊太郎の「朝のリレー」である。この作品を観ると、世界の名監督が、リレーほどの速さではないが、ゆっくりと駅伝の速さでたすきをつないで、地球を守ることのゴールへ向かって、微力ながらひた走っているように思える。なかには、たすきをつなぎそこねそうな作品もあるが。

 僕は11作品のなかでクロード・ルルーシュの作品が一番胸に残った。ニューヨークで唖者の観光ガイドをする男と、そのガイドの時に知り合った唖者の恋人の女の話だ。ふたりは、男がニューヨークのテロ事件の現場でガイドする予定の前の晩に大喧嘩する。喧嘩のしこりを残したまま男は朝仕事に向かう。
 残された女は、不安感にさいなまれ、男にメールを送る。

 あなたにとって私は何?
 1920年代の白黒映画のエキストラ?
 マッチ売りの少女?
 チャップリン映画の花売り娘?
 トーキー映画に迷い込んだ唖者?

 テレビではテロ事件のニュースが報道されている。しかし、女は耳が聞こえない。パソコンに熱中している。ただひたすら男との愛と葛藤している。惨劇など予想だにしない。
 ふいに男が帰ってくる。男が惨劇をはじめて女に手話で伝える。驚愕の女。愛と葛藤したまま、愛する者を失わなくてよかった。葛藤の末には未来も開ける。試行錯誤もないままに消える愛はあまりにもむなしい。そのむなしさのすぐ先にある絶望的な哀しみに触れなくてよかった。

 紙一重の運命なんて思いたくもない。それぞれの人々の、ごくありふれた静かなひとときさえも奪ってしまう権利など誰も持っていない。
 今村昌平の作品が言っているように、”聖戦などありはしない”。
 聖戦があるとすれば、クロード・ルルーシュの作品にみられる、ごくありふれた男と女の喧嘩程度のレベルの闘いでしかありえない。

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