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ラスト サムライ (2003)

THE LAST SAMURAI

監督
エドワード・ズウィック
  • みたいムービー 777
  • みたログ 1.6万

3.57 / 評価:2,020件

解説

 明治維新直後の日本。政府は軍事力の近代化を図ろうと西洋式の戦術を取り入れることを決断。一方で前時代的な侍たちを根絶させようと企んでいた。やがて、政府と発展著しい日本市場を狙うアメリカ実業界との思惑が一致、政府軍指導のため南北戦争の英雄ネイサン・オールグレン大尉が日本にやって来る。彼はさっそく西洋式の武器の使い方などを教え始めるが、ある時、政府に反旗を翻す侍のひとり、勝元と出会った。そして、彼ら侍たちの揺るぎない信念に支えられた“サムライ魂”を感じ取った時、オールグレンは失いかけたかつての自分を思い出していく。

allcinema ONLINE (外部リンク)

映画レポート

(C)2003 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
(C)2003 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

「ラスト・サムライ」─ここにも9・11は深く影を落としている

今何故「サムライ」なのかという疑問には、その精神が作者の琴線に触れたのだとか、西欧特有のエキゾチシズムによるものだとか、もっともらしい答えが思い浮かぶ。あるいはまたニュータイプの西部劇として、この映画は見ることも出来る。事実主人公は、「インディアン」たちとの激戦を潜り抜けてきた男なのだ。

ではどうして「西部劇」を作るのかといえば、やはりそこには9・11WTCテロが、深く影を落としているように思える。侵略者と原住民の戦いに倣って仕立て上げられた日本における近代化と伝統の戦いの構図がサムライ精神によって反転し、かつては侵略者の1人として戦った男が今度は伝統の側に立つことになるという物語は、アメリカのその後の可能性を暗示する。またそれは、ハイテク機器による非人間的な戦争のあり方にも、別の視線を付け加えるだろう。

つまり、私たちは人間である、ということだ。1人の人間が一生を全うする。その自由と責任を自らの手に握ることの意味を、アメリカは今、見つけようとしているように見える。いたずらに説教くさい台詞には、さすがに少しうんざりもするが、迫力満点の戦闘シーンの疲労感の中で、私たちは「自由と責任」の重さを知ることになるだろう。(樋口泰人)

12月6日より、丸の内ピカデリー1ほか全国松竹・東急系にてロードショー

[eiga.com/12月3日]

映画.com(外部リンク)

2003年12月3日 更新

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