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過去のない男

過去のない男

MIES VAILLA MENNEISYYTTA/L' HOMME SANS PASSE/THE MAN WITHOUT A PAST

97

tom

5.0

映画が大好きな人々の映画。

人を喜ばせたいと思う。 もしくは、人に喜ばれたいと思う。 でも、何の力もない自分。 こんな、憂鬱な日々のなかで、この無力な自分に何ができる? できるのはただ、語ること。 そして、笑うこと。 それが、こんな憂鬱な日々をうるおす、数少ない“抵抗”だ。 くだらない冗談を言うのが、日課であり、生きがいでもある。 ちがう自分を演じてみたい。 ハリウッド映画に出てくるタフガイ探偵のような。 フランス映画に出てくる一匹狼の悪党みたいな。 そんなセリフを言ってみたい。 それは○○の映画のセリフだと、わかるくらいがいい。 くさいセリフなら、くさいほどなおいい。 そのほうがいっそう、映画のなかの世界に生きてるような気分になれる。 現実の世界から目を背けようってんじゃない。 現実は、つらい。 飯食うためには、やりたくない仕事もやらなきゃならない。 時にはウソもつかなきゃならないし。 時には、他人も自分も傷つくことになる。 生きるということは、そういうことだ。 ただ、どんな状況であっても、言えるのは。 なんともありきたりの警句ではあるけれど。 「ユーモアだけは忘れるな。」ということだ。 たしかに現実はつまらないかもしれない。 けれども、自分までもがつまらない人間になってしまったら、おしまいだ。 「冗談が通じない人間にだけは、なるな。」ということだ。 ~・~・~・~ 『過去のない男』は、記憶喪失の男が、見知らぬ土地で、新しい人生をはじめる映画だ。 周囲の人々はみな優しい。 そして、貧しい。 それも、かなり貧しい。 彼らは、学は無いかもしれないし、金はぜんぜん無い。 彼らの生活は、きびしい。 しかし彼らの人生は、映画のなかの登場人物のように、ユーモアとウィットに富んでいる。 記憶喪失の男と、救世軍の女のラブロマンス。 まるで、三文役者のやりとりだ。 たどたどしく、ぎこちない。 けれども、彼らはそうやって、映画の一場面を再現するかのように、名ゼリフの応酬をする。 そこには「愛の言葉ってものは、こういうふうに言うもんだ」という、“映画ファン”の信念のようなものを感じる。 たとえどんなに貧しく、たとえどんなに小汚くても。 こころは、映画のなかのヒーローであり、ヒロインでいられる。 この2人は、まちがいなく“映画好き”だと思った。 記憶喪失の男は、一文無し。 電気工事をしてもらって、記憶喪失の男が言う。 「礼は、どうしたらいい?」 それに対して、電気工事の兄さんが答える。 「オレが死んだとき、情けを。」 彼はまちがいなく、“映画好き”か“ハードボイルド小説好き”だ。 この映画に登場する誰も彼もが、まるで映画のなかの主役を演じるように。 みながみな、ユーモアとウィットに富んだセリフをやりとりする。 この映画のなかの登場人物はみな、映画のなかの登場人物を演じている。 この映画は、そんな不思議な映画だ。 現実の、貧しい男が、また、ホームレスのひとが、また、電気工事の兄さんが。 現実の場面で、こんな知的なセリフを吐くだろうか。 いやたしかに、そんなひともいるだろう。 けれども、一般的に、物質的な貧しさは、ひとの心の余裕まで奪いさってしまう。 腹が減ってるときに、わざわざ見ず知らずの人間と知的な会話を楽しみたいなど、なかなか思うものではない。 もし自分が明日のおまんまにも困る生活になったら、きっと、ユーモアなんて忘れてしまう。 そう思う。 小汚い服を着てぎこちなく、おしゃれなセリフを言う、そのギャップがおかしくて、笑う。 97分中ずっと笑いつづけた。 楽しかった。 そして同時にあこがれた。 かっこいいと思った。 もし自分が明日のおまんまに困る生活になっても、きっと、ユーモアだけは忘れまい。 そう思う。 この映画は、“映画好き”の、“映画好き”による、“映画好き”のための映画だ。 アキ・カウリスマキ監督。 このひとこそきっと、本当の“映画好き”なのだと思う。

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