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春の惑い (2002)

小城之春/SPRINGTIME IN A SMALL TOWN

監督
田壮壮
  • みたいムービー 4
  • みたログ 35

3.64 / 評価:11件

錆付かない田壮壮の腕

  • lamlam_pachanga さん
  • 2012年4月22日 11時06分
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

93年、中国映画史上に残る政治的問題作『青い凧』を発表した田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)は、以後、10年に渡る監督活動禁止の制裁を受けます。そして02年、制裁を解かれた彼の復帰が現実味を帯び、その企画が始動した時、彼の下に駆けつけたのは、中国、香港、台湾など、国境を越えて10年前の田壮壮の勇気に敬意を表する映画人たちだったのです。

少しでも中華圏映画に詳しい人ならば、本作のスタッフロールに並ぶ名前には圧倒されることになるでしょう。そこに名を連ねるのは、中華圏が誇る超一流の映画人ばかり。

製作は、今日における中国映画の首領(ドン)とも言うべき韓三平(ハン・サンピン)と、普段は李安(アン・リー)の製作パートナーを務める江志強(ビル・コン)。撮影監督を引き受けたのは、侯孝賢(ホウ・シャオシエン)とのコンビで知られる台湾一の名カメラマン・李屏賓(リー・ピンビン)、そして衣裳担当は、『グリーン・デスティニー』で米アカデミー賞の受賞経験もある香港のティム・イップ。このほか、第五世代の女流監督としても知られる李少紅(リー・シャオホン)も製作に関わる等、本当に凄い顔ぶれが馳せ参じています。

田壮壮が10年振りの復帰作に選んだのは、何と大陸(中国)映画初となるリメイク作品。そのオリジナルは、今日では中国映画の古典として知られる費穆(フェイ・ムー)の『小城之春(こしろのはる)』(48年)。日本では04年に二日間限定で公開されましたが、実は、同作は中国でも長らくお蔵となっていた作品で、大陸での初公開は84年。田壮壮によれば、張芸謀(チャン・イーモウ)は「中国映画のベスト1」に挙げているのだとか。

そんな本作は、ありていに言えば、単なる不倫ドラマです。

1946年、中国・蘇州。戴家の主人・礼言(呉軍)は、妻の玉紋(胡靖釩)、妹の秀(盧思思)、使用人の老黄(叶小鏗)と共に、戦争のために荒れ果てた屋敷に暮らしていた。礼言は長患いのせいですっかり気難しくなり、妻の玉紋はそんな夫との床を別にする日が続く。そんなある日、上海で医者になった旧友の章志忱(辛柏青)が屋敷を訪ねてくる。礼言は旧友の来訪に喜び妻を紹介するが、志忱は、玉紋の初恋の相手だった。そんなこととは露知らぬ礼言は志忱が屋敷に逗留することに気を良くし、しばらく使っていなかった書斎を寝所として準備することに。その夜、玉紋は、老黄に蘭の花を持たせ、志忱が泊まる書斎に届けさせる・・・。

私は本作を観た後で、前述の機会に『小城之春』を観たのですが、どうやら、田壮壮の「費穆の『小城之春』は素晴らしい」とのコメントは、彼の本心のようです。本作(リメイク)と48年版(オリジナル)は驚くほどに似ており、田壮壮は、極力オリジナルに手を加えないように腐心しています。設定で言えば、舞台となる戴家の屋敷、皆で散歩に行く城壁跡、病弱の礼言、玉紋の心理は全く同じであり、物語で言うなら、そこへ旧友の志忱が訪れるところからドラマが動き始めると言うのも全く同じ。そしてその後は、礼言、玉紋、志忱の三人を中心にした心理(不倫)ドラマが展開されるところまで、ほとんど手を加えていません。

田壮壮が手を加えたのは、オリジナルにあった玉紋によるナレーション(彼女の想い)を削ったことと、小道具として登場するハンカチの使い方など、ほんの数箇所。

しかし、このほんの少しの変更により、本作は、オリジナルにはない複雑な人間ドラマとしての深みを得ることに成功しています。

観客の立場から言えば、ナレーションがあった方が物語(登場人物の心理)を読み取りやすいのは当然ですが、一方で、大人の男女三人による心理の変遷をあえて明示せず、蘭の花、ハンカチ、睡眠薬などの小道具、そして積み重なるエピソードから観客自身がそれを感じ取るように仕向ける本作の方が、より静謐で成熟したドラマとして成立しています。

事実、劇中に登場人物の心理を明確にする場面はほとんどありません。唯一、秀の誕生会だけは各人がその心理を表出させる賑やかな場面なのですが、それが、同時にこの映画で最も残酷な場面でもあります。あの場面こそがこの映画の核心であり、田壮壮が10年に渡るブランクにも腕が錆付いていないことの証明。

『春の惑い』は、10年の歳月にも田壮壮が老いることなく、今なお第五世代の巨匠であることを再認識させられる、成熟した大人の不倫ドラマ。オリジナルの物語そのままに、そこにほんの少し手を加えるだけでより成熟した映画に仕立てあげた田壮壮の手腕は、もっと評価されるべきでしょう。

決して愉しい映画ではありませんが、映画好きなら、田壮壮熟練の演出を堪能するのも、そう悪くはないはずです。

詳細評価

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