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リバース・エッジ (1986)

RIVER'S EDGE

監督
ティム・ハンター
  • みたいムービー 7
  • みたログ 117

2.78 / 評価:32件

ホッパーの「涙」

  • tengu3711 さん
  • 2010年5月1日 11時00分
  • 役立ち度 15
    • 総合評価
    • ★★★★★

「ラースとその彼女」という、非常にいい映画があった。

あの映画を観た時、一番最初に、思い浮かべたのが、この映画だった。

1986年度作品。「リバースエッジ」

監督は、デヴィッド・リンチ門下生ティム・ハンター。

オープニングの女子高生全裸死体は、ほぼ「ツイン・ピークス」です。


主演は、アリス・イン・ワンダーランドにも出ていたクリスピン・グローヴァー。

若き日のキアヌ・リーヴスが、実にぴったりな役柄で出て来ます。

そして、この作品のキーポイントとなっているのが、

ダッチ・ワイフと、チョッパー・バイクを、こよなく愛し、

オールバックに皮ジャン姿のデニス・ホッパーです。


「ラースとその彼女」と本作の大きな違いは、何か?

それは「愛」なんです。

ラースの周囲には、常に「愛」があった、温かく受け入れ、見守る人々がいた。

ところが、この作品でのダッチワイフ男には、受け入れてくれる人がいなかった。

き**い扱いされ、街はずれの一軒家にダッチワイフと共に暮らす男。

男の手には、いつも拳銃が握られていた。


この映画のテーマは、「無関心」です。


70年代カルチャーが、伝えようとした「愛と自由」

ベトナムの悲惨な結果と共に、「愛」はメッセージを失い、

勘違いな個人主義が「自由」と、履き違えられ、「無関心」が生まれた。

「ドラッグ」「酒」「SEX」・・・・「自由」を求めて享受したものが、

ソレにノマレ、あっぷあっぷする若者達を産みだし始める。


「麻痺」・・・・強い刺激の繰り返し、堕落、無関心、無感覚。


いつのまにか、彼女を殺しても、友達が死んでも、誰もが何とも思えない日常。

これこそが、「自由」がもたらした「無関心」の結果であり、

後のコロンバイン高校大虐殺へとつながる「病巣」となる。


興味深いのは、「ラースとその彼女」も、この「リバースエッジ」も、

ラストは、ダッチワイフとの訣別が、出て来る。

水がモチーフになっているのも、全く一緒。

ただ、ラースは「愛」によって、「不信感」から抜け出せるのだが、

ホッパーは、誰からも愛されず、しかし、「あること」によって、「愛」に確信を持つ。


70年代カルチャーの産みの親であるホッパーが、

この映画で見せた「おとしまえ」は、凄まじいものが在る。

彼は言う。


「俺には・・・俺の中には愛が在った・・・・」


「自由」は、個人主義になる為のものではなかった。

「自由」は、政治や社会、人間に「無関心」になる事ではなかった。

「愛」もなく、「夢」も持たず、すべてが「麻痺」した世界の中で生きているガキを観て

ホッパーの「確信」が、あのカタチなのだろう・・・・

80年、90年は、そういう時代だった。


「おとしまえ」をつけたホッパーは、

この後、嬉々として「殺人鬼」や「極悪人」「サイコパス」と演じてゆく。

まるで、

「悪に堕ちるのは、俺一人で充分だ!」と、言うが如く・・・

今、思うと、ブルー・ベルベットから来た流れが、

この作品で、ターニング・ポイントになったのは、確かだろう。


キアヌ・リーヴスの、ヌーボーとした、その表情が、何考えてるかわからず、

観ていて不安になるが、ラストの弟のクダリで「愛」に着地する。

殺された女子高生が、最後の最後に、

美しい花嫁衣装を着て、「棺」に静かに収まっている。


この、かすかな「希望」が、あってこそ、

ホッパーの涙も、報われるのだと思う。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 泣ける
  • 悲しい
  • 勇敢
  • 切ない
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