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ルシアンの青春 (1973)

LACOMBE LUCIEN

監督
ルイ・マル
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3.81 / 評価:48件

ルイ・マル監督の青春映画について

  • bar******** さん
  • 2018年12月28日 0時09分
  • 閲覧数 633
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

ルシアンの青春。ルイ・マル監督の『好奇心』や『死刑台のエレベーター』を見たことがあるのですが、ああいった映画に出てくる若者たちと、ルシアンはよく似ていますね。

捉えどころのない鬱屈があって、何かを為したいと思っても、そのあてもないし、何をしたらいいのかもわからないまま、ただ何かに飢えている……。

筋が通った若者、というんではないんですね。

浮遊している存在という感じです。

それを表現できるのは、やっぱりフランス映画ならでは。

青年は一瞬で権力を手にします。

この過程はルシアンに怒りを覚えた方もいるかもしれません。ルシアンには、目指すべきものなど何もなかったのです。彼は権力を手に入れましたが、まるでその扱い方がわからない。仕立屋の娘に恋し、恋仲になるために、子供のように権力を乱用したり、たどたどしく贈り物をしたり、銃をおもちゃのように持ち歩いたりと、ここでは恥ずかしい彼を見続けることになります。

私もルイ・マル監督の、ルシアンのような青年像に対しては、あまりいいイメージを持てませんでした。『好奇心』や『死刑台のエレベーター』でもそうですね。リアリティはあるでしょうが、彼のような青年が行うこと、その善悪の基準が、ルイ・マル監督の表現によって、破壊されてしまい、実存などといった問題が宙に浮いたままになってしまっているので、それをそっくり芸術として扱うべきかというのは、今でも議論される話題だと思いますが、私は監督によって「解答がなされていない」ので、芸術というには未完成すぎると思います。こういったことは意外と簡単だからです。答えを出すことの方が何万倍も難しい・・。

キューブリック監督を思い出すのです。彼も問題提起だけして、解答は出さない人でした。衒学趣味がある分キューブリックはルイ・マル監督に劣りますが、私が両人を評価しない根本的な理由は同じです。

ゴールがどこにあるのかわからないというのは、そこまでに至る道のりも、意味を失してしまうということになると思うのです。特に時間や場面が区切られた映画的意味では。我々には徒労感が強く残り、なかなか面白い主題も楽しむことが難しくなってしまうのです。

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