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ロープ (1948)

ROPE

監督
アルフレッド・ヒッチコック
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3.42 / 評価:125件

「長回し」という夢

  • yuki さん
  • 2019年4月26日 11時18分
  • 閲覧数 170
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

アルフレッド・ヒッチコック監督によるワンカット映画。長回しをメインで、それもワンカットに編集してという実験精神あふれる作品だ。
物語は超人思想に被れた青年2人が友人をロープで絞殺し、その死体を自室のチェストに隠すがそのままアパートメントでアリバイ作りのパーティを行うことになる。はたしてチェストの死体がバレずにパーティを過ごせるのか・・というところがサスペンスとなっている。

物語自体はヒッチコック劇場にもありそうな話だが、ヒッチコックの長回し演出はやはり圧巻だ。舞台は一室のなかだけで完結するのだが、その部屋の中をカメラが自由自在に動き回る。そのカメラに合わせて役者も動くし、スクリーンには写らないがセットや大道具も裏で動き回ってる。いまでこそ長回しは珍しくなくなったが、この限られた空間でずっと長回しというのはかえって難しかったであろうことは想像がつく。
犯人役の男が、こっそりと隣室に移動し犯行道具のロープを引き出しに隠す場面は、通ったスイングドアが手前と奥に揺れ動く一瞬の隙間からみえる「引き出しを引く」「中にロープを落とす」という瞬間をカメラに収めている。緻密なコントロールがなければ不可能な芸当でため息が出る。
また、舞台となる部屋の周りは広くガラス張りになっていて、摩天楼を見渡せる。その背景が時間の経過とともに次第に空が赤く染まっていく演出は、長回しが時間の演出であることを表しており、非常に象徴的だ。カットによる時間の飛躍を許さず、観客と舞台の時間を同調させることに成功している。


当時のフィルム撮影の限界として、一度の撮影では10分弱の長回しが限界だった。もちろんすべての演技を長回しで取ることは不可能なので、分割して撮影した映像を編集でワンカット風に見せている。例えばカメラが背広いっぱいに近寄ったらそれはフィルム交換の合図だ。スタッフの苦労が忍ばれる(撮影中に事故で足を折ったスタッフがいたが、声を出さないよう口を抑え引きずって退出させたらしい・・)

DVDで鑑賞していて一箇所普通にカットを割っているシーンがあることに気づいた。(本当は全体で4箇所割っている。つまり全5カット。普通に気づきませんでした)
こういう実験映画は妥協しちゃダメだろう・・と落胆したのだが、実はこれにも事情がある。
当時、上映用フィルムの容量は1つ約20分で、その都度映画館では映画技師がリールを変更する必要があった。ヒッチコックは交換するフィルムがそれぞれが新しいカットで始まるように工夫したのだ。おそらくまだ50年台のことだから、設備の乏しい映画館で自然なレール変更ができるよう配慮しただろう。
したがってこの映画は20分毎に(画面上でも)カットを割っているのである。

この映画は1カット(10分弱x2)が計5つ重なってできた80分なのである。

ヒッチコックは後に本作を「バカげた実験」と評し、反面教師的にカット割りの重要さを問いている。事実時間を圧縮できない長回しはサスペンスの緊張感を削ぐし、本作に関しては中盤以降は明確にカメラーワークが息切れしている。
しかし、映画人なら誰も一度は考えたワンカット、それを誰よりも先に高品質で結実させたこの作品はやはり偉大である。

デジタル撮影・デジタル上映が一般化し、長回しの撮影は容易になった。ヒッチコックの時代ではなし得なかった本当のワンカット映画もボチボチ見かけるようになったし、近年のアカデミー賞レースでも長回し作家が常連となっている。
映画の根幹というのはカット割りだと思う。それでも、「長回し」という夢はひとの胸を掴んで話さないのだ。

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