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ローラーとバイオリン (1960)

КАТОК И СКРИПКА

監督
アンドレイ・タルコフスキー
  • みたいムービー 22
  • みたログ 106

3.94 / 評価:33件

原点

  • bar******** さん
  • 2018年8月3日 13時50分
  • 閲覧数 310
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

ローラーとバイオリン。

タルコフスキーが映画大学の卒業制作として手がけた短編映画です。この頃よりいくつかの彼の特徴が出ていますね。水の描写、光の取り入れ方など。

はっきりとしたヒューマニズム的なテーマはまだ出てきていません。

バイオリンを習う中流階級の男の子と、道路の舗装労働者との友情物語です。しかしタルコフスキーはそこにも彼のメッセージを込めていると思います。

バイオリンの男の子サーシャはタルコフスキーの幼少期がモデルになっているように見えます。彼はレッスン先で美しい女の子に出会い、彼女を不思議な魔差しで見つめ、レッスンで集中力を欠いて叱られてしまいます。叱られれば叱られるほど、わざとリズムを狂わせて弾くサーシャ。

近所の悪ガキからは「音楽家!」といじめられますが、それを見た労働者のセルゲイに助けられます。セルゲイはサーシャにローラーの運転をさせてやります。サーシャとセルゲイの睦まじさに邪魔できない悪ガキたち。

セルゲイは大人になったタルコフスキーなんだと思います。彼の見守るような理知的で奥深い態度は、そのまま自分の幼少期を振り返っている態度に見えます。そして彼はサーシャ(子どもの自分)に話しかけるのです。サーシャは色々な質問をします。タバコのことや、戦争のこと。セルゲイは自分自身に答えるように、ゆっくりと答えていきます。

その交わりは、そのままロシアの歴史の交わりでもあるのだと思います。

サーシャは革命前の豊かな精神と純粋さと無知、そして古典の美しさそのものを体現しています。彼のバイオリンがその象徴です。

そしてセルゲイは革命後のロシアを体現しています。ローラーは新しい時代そのものを象徴しており、圧倒的な重厚感、そして労働の没個性性(機械を操る人は誰でもよい)ということを表しています。ポピュラーで軽薄なタバコの銘柄とその悪い習慣、歴史文化の消滅、食物崇拝(貧しさの象徴)といったものが彼の特徴です。

しかし彼らは対立しあっていない。お互いをまぶしそうに見つめ合い、楽しそうに話す彼らを見ると、タルコフスキーが何を目指していたのかが分かる気がします。

サーシャは騎士道精神を発揮して、道端でいじめていたいじめっ子に立ち向かいます。しかし負けてしまう。セルゲイは「俺も昔はよくやられたさ」と言います。セルゲイはそのままの顔で帰ったら母親にきっと怒られるとさえも言います。

サーシャはいじめられていた子の黒い風船のようなおもちゃを取り返します。

そしてその黒い風船は次のシーンで鉄球となり、クレーン車にくくりつけられて、レンガ造りの建物を破壊する役割を負うのです。

直後雷鳴がとどろき、土砂降りの雨が降ってきます。セルゲイは上着をサーシャの頭に被せて守ってやる。


サーシャはセルゲイと映画を見る約束をしますが、予想通り母親に叱られて外出を禁じられてしまいます。楽譜を破ってメッセージをしたため、窓から放るもセルゲイはそれに気が付かない。彼らはそのまま別れてしまうように見えます。

しかしラストでは再び会うことがかない、サーシャはセルゲイのローラーに乗り込んでいきます。そのままゆっくりとローラーは遠ざかっていき、エンド。


タルコフスキーはよく簡素にまとめています。もっと風呂敷を広げようと思ったら可能だったと思いますが、短編ということではみ出しのないように、ときどき簡素すぎるくらいでまとめています。

さすがタルコフスキーとなる映画ではあると思うのですが、後年の彼の傑作集と見比べると、やっぱり卒業制作だな、と思わされるところがいくつかあります。その卒業制作の作品がこうやって面白い作品になっていることがすでにすごいのですが……。

作品時間も45分程度と短いため、あまり過度な期待はしない方がよいと思います。タルコフスキー研究においては重要な作。

詳細評価

物語
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