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わが谷は緑なりき

わが谷は緑なりき

HOW GREEN WAS MY VALLEY

118

アニカ・ナットクラッカー

5.0

炭鉱町に住む家族を描いた永遠の名作

今回取り上げるのは1941年のアメリカ映画『わが谷は緑なりき』。ジョン・フォード監督の作品レビューを書き込むのは「駅馬車」に続いて2作目だ。原題のHow Green Was My Valleyも味わい深いが、最近ではお目にかかれない文語調の邦題が素晴らしい。日本では戦後の1950年に公開され、翌51年のキネマ旬報ベストテンでは外国映画の3位に選ばれている。アカデミー賞では作品賞・監督賞などに輝いた不滅の名作だ。 タイトルに色の名前が付くが、本作は白黒の映画である。主人公のヒュー(ロディ・マクドウォール)が回想する緑がどんな色だったかは、観る人の想像に任されており、脳内で色を補完することで初めて完成する映画と言っていいだろう。人それぞれが銀幕に映らない要素を想像する、これこそが映画を観る醍醐味なのではないか。 映画は老境に達したヒューが住み慣れた故郷を離れようとする場面からスタートする。彼の携える荷物はごくわずかで、経済的には決して恵まれなかったのだろう。時代は50年遡り、さびれた町がかつては活気ある炭鉱町であったことが分かる。ファーストシーンが映画製作年のリアルタイムだとすると、50年前は19世紀末ということになる。 舞台となるのはイギリスのウェールズ地方で、イングランドやスコットランドと共にブリテン島を構成する王国の一つである。僕は何の予備知識もなく本作を観たので、最初はアメリカを舞台にしているのかと思った。途中でイギリスの女王について語り国歌を歌う場面があり、ウェールズの名前が出てくるので、やっと正しい舞台を把握できた。 物語の中心はモーガン一家で、家長のギルム(ドナルド・クリスプ。本作でアカデミー助演男優賞を受賞)と肝っ玉母さんのベス(サラ・オールグッド)の夫婦に7人の子供(男6人に女1人)がいるという構成だ。ヒューはモーガン家の末っ子で、5人の兄たちはみな腕のいい炭鉱夫である。ヒューの姉アンハード(モーリン・オハラ)の美貌が映画の顔になっている。 モーリン・オハラといえば、スタジオジブリの宮崎駿監督が2014年にアカデミー名誉賞を受賞したとき、同時受賞したのが彼女であった。授賞式で宮崎監督が「まさかモーリン・オハラに会えるとは思わなかった」と感激していたのを思い出す。宮崎監督の代表作「天空の城ラピュタ」の主人公パズーが住む町は『わが谷は緑なりき』を参考にしたと思われる描写が見られる。 モーリン・オハラは翌2015年に95歳で大往生し、劇中で彼女が恋するイケメン・グリュフィード牧師を演じたウォルター・ピジョンは87歳、父親役のドナルド・クリスプも91歳の長寿を全うした。メインキャラの中で比較的短命だったのはロディ・マクドウォールで、肺がんのため70歳で亡くなっている。彼は「猿の惑星」シリーズで猿のメイクをしてコーネリアス博士を演じ、ホラー映画「フライトナイト」でも映画ファンにはおなじみだ。 モーガン家の人々は決して裕福ではないが信心深く強い誇りを持っている。描かれるエピソードは幸福が3割で不幸が7割といったところか。冒頭で一家の日常が紹介された後、長男の結婚という最大のイベントが開かれる。歌とビールと宴会が大好きという炭鉱町の人々の気質が描かれ、ここが全編で最も華やかな場面である。嫁いで来た女性ブローウィン(アンナ・リー。この人も91歳の長寿で亡くなった)は気立ての良い美女で、幼いヒューは彼女に恋をする。 結婚式の場面はもう一つある。本作のヒロインであるアンハードは兄の結婚式で立会人を務めたグリュフィード牧師に恋をするが、牧師はアンハードの想いに気付きながらも身を引いてしまう。炭鉱主の息子がアンハードを見初め、彼女は玉の輿に乗って結婚するが・・・。 大金持ちとの結婚にもかかわらず、ウエディングドレスを着たアンハードには笑顔が全くなく、自分の意に反した結婚であるのは明らかだ。風になびくベールを新郎が押さえてやり、旅立つ二人を遠くから寂しげに見送る牧師を捉えたシーンは、名シーンが多い本作の中でも際立って美しい場面である。 頭のいいヒューは学校に通うことになるが、下層階級の出身なのでイジメの対象となり、教師までもが彼に辛く当たる。屈辱を堪えて帰宅する姿に、町の人々も彼の異常を感じ取る。ここからの巻き返しが最大の痛快シーンとなる。拳闘をやっていた町の人から防御の指南を受けたヒューは、イジメっ子との一対一の決闘で見事に勝利。この場面は「キン肉マン」のタッグマッチ編で描かれたランバージャック・デスマッチを思い出す。 不景気による賃下げやリストラ、ストライキ、炭鉱の事故などの不幸も描かれ、19世紀の労働者の立場は現在よりもはるかに低かったことが分かる。ヒューの人生は決して平坦ではなかったはずだが、ラストの『わが谷は緑なりき』というセリフで、何もかもが美しい思い出として締めくくられるのが救いであった。

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