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わらの犬 (1971)

STRAW DOGS

監督
サム・ペキンパー
  • みたいムービー 116
  • みたログ 610

3.65 / 評価:255件

向こう側のやつら

  • uqj***** さん
  • 2020年2月26日 4時58分
  • 閲覧数 961
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

約三十年ぶりぐらいに観た。その当時、ハタチ前後ぐらいでの私には
あまりいい印象ではなかったんですが、いまになって観てみると相当に
いろんなものが見えてくる作品ですね。凄まじい作品でしたわ。

不安な色の、濃く曇った暗~いイングランドの空も、
鬱陶しくてユーウツな音楽もめっちゃ良かった。

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物語の構造として

      [ 都会性 X 田舎性 ]

      [ 知識層 X 非知識層 ]

     [ ロジック X 非ロジック ]

       [ 富裕 X 非富裕 ]

   [ 裏切らない人間 X 簡単に裏切る人間 ]

   [ 群れない人間 X 群れる人間 ]

[ 反動としての守る暴力 X 利己的に殺すだけの暴力 ]

・・等々の、あらゆる要素がセットされてるんですわね。

で、主人公のデイヴィッドは考えてみると、この物語の中で
ほとんどたった一人だけ、何も悪い事はしていない人なんですね。
(ちと、少佐とヘンリーは除外ね。俺が言いたいのはその二人じゃない)

つまり真面目に生きてるのはデイヴィッドただひとりだけなのに

なんでこんな理不尽な目に遭わなあかんの、

と。

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一種の人生の・人生そのもののメタファーにも
見えてくるんですわ。 人生って理不尽要素とのたたかいの連続やからな。

あのならず者の若者たちみたいなのは常に人生の
どの場面にもおった(俺の人生にも)わけやし、
ああいう無責任きわまりない女もおった。 自分の人生を振り返ってみると。

で、そいつら全部ひっくるめて結局のとこ、
「向こう側のやつら」なんだな、と分かった時点で

おれはデイヴィッドのあの、車の中でのほほえみを
手に入れた時期があったように思う。 どこかの時点で。 わかった時点で。

そのとき別に、隣にヘンリーは乗っていなかったけれどもね。

・・

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教会でのパーティーでのカットバックの嵐は物凄かったですね。

奥さんのストレスと不安感の煽り方と、秀逸すぎる本物の
カット割りの極意をみせてもらった感じですわ。

後半の、家での斜めアングルばかりの意図的なインフレとカットバックとの
凄まじいマッシュアップはもうほとんど何やってんだかわからん(笑)

なのに、昨今の低能な流行りのカットの猛烈な「シュレッディング」
とは全然ちゃうなあ・・
一個・イッコのカットの繋ぎに「不安感の操作性」みたいなのが
深く染み込んでて、重み、というか哲学が全然ちゃうのよな、

チャゼルやマーク・フォースターのうんざりするような割り方とは。

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一番良かった頃のスティーヴン・キングの小説にはこういう
{田舎社会の病的なほどの無知と閉鎖性とセコさと卑怯さ} を

ジクジクジクジクとしつこいほどに描写してゆくのが
沢山、ありましたですな。

「呪われた町」での住民たちのネトネト・ドロドロした日常生活の感じとか
「スタンド・バイ・ミー」でのあのメガネの少年の家庭環境とか
 リバーが演じた少年の理不尽な家庭環境とかね。

まあ、総じて
「理不尽さに抑圧され・包囲される孤独なホワイトカラーの戦い」
 みたいな感じでしたな。

そしてそれとはアンビバレンツな方向で
「根源的なムラ社会の土着的非・ロジックに向かう問題性」を
それこそ血マミレになって訴えてくれてるような
凄まじさがあったですね。

なんか俺は、ペキンパーはワイルドバンチやガルシアの首とかよりも
こっちのほうがええわ。



マジでほんとに勇気をもらいましたわ。 GYAOで28日までだって。

・・

まわしもんちゃうで。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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